侵攻㉑

 あの少女は危険すぎる……

 魔法の威力は極めて強大、一人の人間が扱うには余りに大き過ぎる。もし、この魔法が広まったら……

 そう思うとドンの背筋に怖気が走った。

 長い年月を生きる歴戦の勇者、ドンであっても、これ程の魔法は未だ嘗て見たことがない。

 魔法に長ける人間と違い、獣人は魔法が不得手である。

 この強力な魔法が多くの人間に伝わり、使い手が増えることになったとしら――

 もはや獣人の未来は絶望的であった。

 それどころか、もう既に多くの人間が使えるのでは?と、不安が過る。小さな子供でさえ使えるのだから大いに有り得ることだ。


「この魔法が我らの砦を落とした正体か……。確かに凄まじい威力だな」

「分かっていただけたようで何よりだ」


 自慢気に告げるレオンとは対照的にドンの表情は暗い。

 だからこそ尋ねておきたかった。もしかしたら、他にもこの魔法の使い手がいるのではないかと。


「レオン、お前に少し尋ねたいことがある。いま使った魔法は誰でも覚えられるのか?」

「ふむ、誰でもか……。簡単に覚えられる魔法ではないからな。恐らく無理だろう」


 暫し考えたレオンの答え――それはドンに希望を与えるものだった。

 しかし、次の問いでドンの希望は打ち砕かれた。


「そうか、では他にもこの魔法を使える人間はいるのか?」

「無論だ。く言う私も使えるからな。他にも私の従者に使える者が数名いる」


 それを聞いたドンは嘆息する。

 使い手が一人いるだけでも驚異だと言うのに、この場に使い手が二人。しかも今の話しでは他にも使い手がいる。

 この場で少女を殺すことができれば――

 そう思っていたドンは即座に考えを改めた。

 思うように動かない体で二人も殺すのは至難の業。例え殺すことができたとしても、レオンの言っている従者が報復に来るのは目に見えている。怒りを買い、更に犠牲を増やすことはドンにとっても好ましくなかった。

 今にも倒れそうな体を手で支えながら、ドンは大きく息を吸い込み気力を振り絞る。

 途切れそうになる意識を細い糸で繋ぎ止め、最後の願いをレオンに告げた。


「それは驚異だな。――レオン、先程も言ったが残る獣人たちに戦う意志はない。お前の言っていた条件も飲むだろう。村を襲った責任として、残り二人の王も首を差し出す覚悟はできている。だから、それ以外の者には寛大な配慮を頼む」

「分かった。お前たちが私に大人しく従うなら、これ以上命を奪ったりはしない。抑、村を襲った責任と言われても、私はアスタエル王国に仕えているわけではないからな。お前たちの首をもらっても困るだけだ」


 本来であれば、感謝の言葉の一つも出そうなものだが、ドンは瞳を見開いたまま微動だにしない。

 その様子にレオンが首を傾げていると、背後に控えるヒュンフが厳かに口を開いた。


「レオン様、もう既に亡くなられております」

「……そうか」


(自分が死ぬと分かっていたから、、と言ったのか……)


 ドンの瞳は真っ直ぐレオンを見つめていた。

 瞳は微かに色を失っているが、この薄い月明かりの下では生きているようにしか見えない。

 レオンは黙祷もくとうを捧げるように静かに瞳を閉じる。

 魔法で生き返らせることも出来るが、敢えて蘇生をしようとは思わなかった。ドンの言葉を借りるなら、ドンは戦いで命を失っても降伏を是としない者だ。

 生き返るより、栄誉ある死をドンは望むと思うから――

 レオンは瞳をゆっくりと見開き、そっとドンの遺体に手をかざした。 

 草原には地獄の業火ヘルフレイムの蒼い炎が舞い上がり、吹きすさぶ風の音は鎮魂歌レクイエムのように聞こえてくる。

 同時に炎が巻き上げられると、真っ白な灰と化したドンの遺体は、何処とも無く風に流され消えていった。

 レオンはその姿をただ静かに見送る。

 同胞の未来を願う一人の王に敬意を込めて……



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