侵攻⑳

 レオンは仰向けに横たわる熊族の王を覗き込む。

 口から血を吐き出し苦悶の表情を浮かべてはいるが、先程まで揺れ動いていた瞳は、今はしっかりと定まっていた。

 その様子にレオンは、「これなら大丈夫か」と言葉を漏らす。


「話は出来るな?私の名はレオン・ガーデン。お前は熊族の王で間違いないな?」


 レオンの声にドンは起き上がろうとするも、体中に痛みが走り更に顔を歪めた。

 自分のいる場所を横目で確認すると訝しげに瞳を細める。月明かりに照らされているのは真っ黒に焼け焦げた草原。そこからは肉の焼け焦げる匂いも漂い、獣人と思しき黒炭の亡骸が至るところに転がっていた。

 負けたのか……。最初に脳裏を過ぎったのは敗北の二文字。

 ドンは辛うじて動く腕を使い体を起こすと、喉元の血を吐き出し息を整えた。


「如何にも、儂は熊族の王ドン・バグベアだ」


 苦しそうではあるが声には覇気がある。

 鎧が歪むような衝撃を二度も受けたにも関わらず、これだけしっかりと話せるのは奇跡に近い。

 これにはレオンも関心するように頷いた。


(予想以上に丈夫だな。これと戦う人間は溜まったもんじゃないだろうな……)


 これだけしっかりと会話ができるなら話は早い。

 レオンとて肉食の獣人を皆殺しにするつもりは毛頭なかった。だからと言って、最初から獣人と会話が成立するとも思えない。獣人から見れば人間は唯の食料でしかない。餌が何を言ってるんだと一笑に付されるだけだ。

 だが、明確な力の差を見せた今なら――


「降伏しろ。砦にいた獣人はお前を除いて全員死んでいる。お前たちに勝ち目はない」

「そんなことか……、それなら問題はない。残る二人の王に戦う意志はないからな」

「なに?そうなのか?お前も戦いなど挑まず白旗でも上げていれば、この黒炭の獣人たちも命を落とすことはなかったものを……」


 レオンは地面と同化する黒炭の死体を見渡した。

 月明かりしかないため分かりづらいが、焼け焦げた獣人の死体は広範囲に及びぶ。その数は一万を越えるかも知れない。

 同情するようなレオンの眼差しに、ドンは「ふっ」と、笑みを浮かべた。


「無駄だ。例え儂が戦いを拒んでも、そいつらは戦うことを選んでいたはずだ。戦いで命を失っても降伏を是としない者は数多くいる。儂もその内の一人、儂はそんな奴らを引き連れてきたのだからな」

「では、今残っている獣人は、みな降伏勧告に従うということか?」

「内容にもよるだろうがな」

「私も無理なことを言うつもりはない。いや、そうとも限らないか、もしかしたらお前たちにとっては無理なことなのかもしれないな」


(今まで普通に食べていたものを急に食べるなと言われたらどうなんだろう……。中には従えない獣人も必ず出るよな……)


 レオンの言葉を聞いてドンは鋭い眼光を向けた。

 領土や資源が目的なら問題ないが、獣人を奴隷にするようなことには従えない。

 それは残る二人の王――ガルムとヴァン――も同じだ。もし、その無理なことが獣人を奴隷におとしめるものなら間違いなく戦いは続くだろう。

 二人のこと、そうなれば上手く仲間を逃がすだろうが、それでも更に多くの犠牲が伴うことになる。

 これ以上の犠牲を避けるためにもドンはレオンに釘を刺した。


「レオンと言ったな。確かに残る二人の王は降伏する道を選んだが、我らを奴隷にするようなことは止めておけ。そうなれば我らは命ある限り戦うことを選ぶからな」

「安心しろ。私が望んでいるのは獣人が人間を食さないこと。それと、お前たちの牧場が欲しいだけだ」

「そんなことか……」


 ドンは安堵すると改めてレオンらを見やる。

 そして、あることに気付いて訝しげに周囲を何度も見渡した。

 だが幾ら見渡しても視界に入るのは人間が三人とサラマンダーのみ。

 他の人間は何処にも居らず、レオンと名乗る男の他は女が二人、しかもその内の一人は見るからに子供だ。

 奇妙な組み合わせにドンは「どういう事だ?」と、小声で低く唸った。


「ところで他の人間はどうした?お前たちを置いて先に進んだのか?我らの砦を信じがたい速度で落としていったのだ。相応の人数と飛行魔獣がいるのではないのか?それに砦を吹き飛ばした魔導砲も気になる」

「魔導砲?意味が分からんな。私たちは六人と一匹でこの国に来ている。おまえの言うような魔導砲など持ち合わせてはいない」

「なに?どういう事だ。ではどうやって砦を吹き飛ばした?」

「ふむ。確かに分からんだろうな。よかろう、ツヴァイお前の魔法を見せてやれ」

「畏まりました」


 ツヴァイは頷くとドンの視線の先に魔法を放った。

 天空から光の柱が降りると次の瞬間、視界が赤一面に染まる。

 その光景にドンは目を見張った。


「ふ、普通に魔法を放っただと?しかもこの威力、そんな馬鹿な……。こんな小娘が信じられん――」


 押し寄せる熱が幻でないことを物語っていた。

 光の柱が落ちたのは遥か先にも関わらず、焼け付くような熱波がドンの体毛を微かに焦がす。


「これで分かったろう。我々の前では石を積み上げただけの砦など、何の意味もなさないのだよ」


 そう告げるレオンの言葉を聞きながら、ドンは魔法を放った少女をじっと見据えていた。



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