侵攻⑲

「レオン様、熊族の王を連れてまいりました」

「うむ。ヒュンフには手間をかけさせたな」

「そのようなことはございません。何より砦は人間たちが騒がしく、落ち着いて話ができませんので」

「そうだな、確かに騒がしいのは面倒だ。大勢の人間に押し寄せられても困るからな」


 焼け焦げた草原の真っ只中、そこでは熊族の王、ドン・バグベアが気を失い地面に倒れ伏していた。

 砦は助けを求める人間が騒いでいるため話しをするには好ましくない。ヒュンフはそのことを進言し、レオンの下に熊族の王を連れてきていた。

 レオンはサラマンダーから降りて熊族の王を見据える。

 鎧はいびつに変形しているが生命反応はある。気絶しているだけのようだが、このままではいつ目を覚ますかも分からない。


「このままではらちが明かんな。魔法で目覚めさせるか……」


 レオンが片手を突き出すのを見てツヴァイは眉間に皺を寄せた。

 熊族の王を気絶させたのはツヴァイである。その尻拭いをレオンに任せることは、ツヴァイにとっては許しがたい行為であった。


「レオン様、私にお任せ下さい。この熊を速やかに起こしてご覧に入れます」


 ツヴァイの申し出にレオンは首を傾げる。

 レオンの知る限りツヴァイは回復魔法を使えない。にも関わらず、自信有り気に申し出たことが不思議でならなかったのだ。


(ん?ツヴァイは回復魔法を使えないはずだが……。まぁ、自信があるようだし、任せてみるのも面白いか……)


「うむ。ではツヴァイに任せる」

「はい、お任せ下さい」


 ツヴァイは自信有りげに絶壁の胸を張る。

 熊族の王に歩み寄ると、その巨体を器用に真上に蹴り上げた。ひしゃげた鎧が更に歪み、ドンの巨体がツヴァイの目線まで浮き上がる。

 そのまま再び地面に叩きつけられるも、それでもドンは目覚めない。ツヴァイは軽く蹴り上げているように見えるが、数百キロの巨体が浮くほどの威力である。

 蹴り上げた足は霞むような速度、加えられた衝撃は計り知れず、内臓破裂で死んでいてもおかしくはない。

 レオンは口をあんぐりと開けて、唯々ただただ呆然と眺めていた。


(いや、死ぬから!唯でさえ白目むいてんのに止めさしてどうすんだよ!)


 そんなレオンの突っ込みなど知る由もなく、動かない熊族の王に、ツヴァイは「ちっ!」と、舌打ちをする。


「申し訳ございません。手加減しすぎたようです。今度は上手くやりますのでご安心ください」


 レオンが止めに入ろうと口を開きかけた瞬間、足元に転がる熊族の王は、「がはっ!」と、血を吐き出し目を覚ました。

 見開いた瞳は焦点が合わないのか、眼球が揺れ動いているのが見て取れる。

 その様子にツヴァイは満面の笑みを浮かべた。


「どうやら成功していたようです」


 そう告げるとツヴァイは、「どうそお話しください」と、一歩後ろに下がった。

 ツヴァイは成功と言っているが、レオンの目には失敗にしか見えない。いや、確かに目を覚ますだけなら成功ではあるのだが、熊族の王は今にも永眠しそうである。


(まさかこれで成功とはな……。流石はミラクル魔法少女だ。この熊が永眠しない内に早く話しを聞いておくか……)



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