侵攻⑧

 街道の分かれ道、サラマンダーは足を止めて自分の背中を振り返る。

 まだ主からの指示はない。レオンは従者の報告を聞いてどちらに行くかを悩んでいた。


(右の街道の先には街、そして左の街道の先には砦か……。ノワールからの報告だと、砦には八千の獣人がいるらしいが……、恐らく後詰めの予備軍ってところか。獣人の街を見たい気持ちは少しあるが――先ずは砦を落としてからだ。流石に八千もの兵士を無視するわけには行かないからな)


 レオンはサラマンダーに指示を出すと左の街道を突き進む。

 獣人の国は思ったよりも広く移動だけでも、それなりの時間を費やしていた。

 人間の国との違いは村がないことだろうか。人間は豊かな耕作地を求めて辺境にまで村を作る。

 対して獣人は人間と比べて数が少ない。肉食系の獣人に至っては作物を必要としないため、耕作地を求めて村を作る必要もなかった。

 村の代わりとしてあるのが牧場だが、主食となる一般的な家畜は雑草だけでも育つ。そのため、広大な草原を柵で取り囲み、家畜は全て放し飼いにされていた。

 定期的な見回りや魔物の駆除は必要だが、それでも身体能力の高い獣人にとっては大した労力ではないのだろう。

 家畜は兵士の片手間だけでも十分、問題なく管理されていた。

 国内には数百万と家畜が飼われているため、毎年勝手に数が増えて食料が尽きることもない。

 例外があるとするなら草食系の獣人だろう。数が少ないため王都に近い場所で大切に飼われていた。それは滅多に食べることのできないご馳走でもある。

 そのため、草食系の獣人を保護するためには、国の中心近くまで行かなければならなかった。


 レオンは長閑のどかな草原を眺めていた。

 至るところに牛や羊などが放し飼いにされている。普通の動物も飼われているとは聞いていたが、こうして見ると人間の国と何ら変わりがない。

 人間を食べなければ救いようもあるのだが、そうはいかないだろうとレオンは肩を落とす。


(長年培ってきた食文化は急に変えられない。しかも、肉食系の獣人は人間を食料としか見ていないからな。人間にも積年の恨みはあるだろうし、どう考えても歩み寄るのは不可能だ……)


 ぼんやりと考え事をしていると、砦の先端が見えてきた。

 国境の砦よりは一回り小さいが、それでも城壁の高さは人間の背丈の十倍以上はある。

 砦の獣人たちもサラマンダーの巨体に気付いたのだろう。城壁の上で慌ただしく動き回る熊族の姿が見て取れた。


(獅子の次は熊か、こうして見ると動物園と変わらないな……)


「ヒュンフ、あの砦に草食系の獣人はいるか?」

「先行しているノワールからの情報では、草食系の獣人はいないとのことです」

「近くにプレイヤーの影はないな?」

「メリッサのイビルバットも広範囲に展開させておりますが、半径五十キロにプレイヤーの影はございません」

「そうか……、では砦から隠密を遠ざけろ。巻き添えを食らって怪我でもされたら敵わんからな」

「レオン様?」


 ヒュンフは一瞬何を言っているのか理解できなかった。だが、ツヴァイがサラマンダーの上で立ち上げるのを見て、直ぐにノワール、霞、フレッドに通話を繋げた。


『ノワール!死にたくなければ直ぐに砦から出なさい!霞とフレッドも砦から離れて!』

『!?はっ!』


 ツヴァイは加減を知らない。

 可愛いらしい容姿をしてはいるが、主の敵を全力で排除するために創られた従者である。その火力は従者最強、一度標的になったら絶対に生きては帰れない。

 待っているのは確実な死だ。

 ツヴァイの設定をすっかり忘れていたレオンは呑気なものであった。サラマンダーの上で、のほほんと欠伸あくびをしながら砦をぼんやりと眺めていた。




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