侵攻⑦
レオンは考えを纏めると結論を出した。
やはりゾンビを一万体も引き連れて移動するのは好ましくない。戦力としても然程期待できない上、プレイヤーと遭遇した際に唯の冒険者とは言えなくなるからだ。
何より腐敗臭も気になる。
「メリッサ、お前の案は却下する。だが腐敗臭のこともあるため砦に死体を残したくはない。シャドードラゴンを召喚できるな。もし制御できるなら、そいつに死体を全て飲み込んでもらう」
今現在メリッサが召喚しているのは、イビルバットが一万、それとレベルの低いドッペルゲンガーが二百体。
レベル80のシャドードラゴンであっても、まだ制御に支障をきたすことはないとレオンは考えていた。
案の定メリッサからも可能であるとの返答を受ける、だがその数は多くない。
「現状ではシャドードラゴンを最大三体までしか制御できません」
「三体か……」
メリッサの召喚は今後も何かと世話になる。
特にドッペルゲンガーと隠密に長ける影の魔物は使い勝手がいい。この先で必要になる恐れもあるため、最大数の召喚は躊躇われた。
(何処かでメリッサの召喚魔法が必要になるかもしれない。シャドードラゴンの召喚は一体に止めておくべきだな……)
「では一体だけ召喚を頼む」
「畏まりました」
メリッサが召喚準備に入るのを確認してレオンは周囲を見渡した。
召喚されたドッペルゲンガーたちは、先程からレオンの周囲で跪き、静かに命令を待っている。
先ずは獣人の姿を取らせる必要があるが、近くに獣人の死体は一つもない。砦の裏側とは言え見張りの獣人が一人もいないのは有り得ないことだ。
隠密がレオンの露払いとして邪魔な死体を排除したのは明白である。何処かの部屋にでも纏めて押し込んでいるに違いない。
レオンは隣のヒュンフに視線を移した。城壁の見張りは全員、獅子の頭をした獅子族と呼ばれる獣人であったが、それ以外の獣人もいるのか気になるところだ。
「ヒュンフ、この砦に獅子族以外の獣人はいたか?」
「いえ、全て獅子族の獣人でございます。レオン様が懸念しておりました草食系の獣人は、どうやらこの砦にはいないようです」
「そうか、ではドッペルゲンガーを引き連れ城壁に上れ。気付かれぬようにドッペルゲンガーと獣人をすり替えろ。それが終わり次第すぐに戻ってこい」
「畏まりました」
ヒュンフがドッペルゲンガーを引き連れ立ち去ると、程なくしてメリッサの召喚も終わる。
高レベルの召喚のためか召喚時間も少し長いように感じられた。魔法陣から大きな影が伸びると広場の一角を覆い尽くす。
その影は蠢き二次元から三次元へと姿形を変えていく。
現れたのは漆黒のドラゴン、だが通常のドラゴンのような鱗は見当たらず、ただドラゴンの形をした黒い塊だけが其処にはあった。
ドラゴンの形をしただけの影、その頭部には赤く光る目が薄らと見え隠れしている。
他のドラゴンに比べて戦力は遥かに劣るが、それでもこの世界の国なら容易く滅ぼすことができる力を持っていた。
何故なら、物理攻撃が殆ど効かないという特殊な魔物であるからだ。代わりに光に脆弱という弱点もあるが、魔法が乏しいこの世界では倒すのは困難を極める。
普段は影に紛れて姿も分からないため、国境の守護を任せるには打って付けと言えよう。
メリッサはレオンに振り返り、崇拝する主に恭しく頭を下げた。
「レオン様、シャドードラゴンの召喚が終わりました」
「うむ。ではシャドードラゴンに死体を飲み込ませろ。スキルの
「畏まりました。もし人間が砦に近づいたら如何いたしましょうか?」
「そうだな……。偵察隊が谷から出たら直ぐに
「はい、可能でございます」
「ではメリッサは拠点に帰還せよ。この場に留まる事は許さん」
「畏まりました。私はこれで失礼いたします」
メリッサが転移魔法で立ち去ると、直ぐにシャドードラゴンが動き出す。
獣人の死体処理に向かうのだろう。影の塊は地面に染み込むように広がり、するりと砦の中へと姿を暗ました。
レオンはシャドードラゴンが消えた扉の先をじっと見据える。吸い込まれそうな暗闇の一点を見つめながら今後について考え込んだ。
(これで砦の異変はそう簡単には気付かれないはずだ。絶対とは言い切れないが、アスタエル王国の軍隊が動くことは先ずないだろう。もし動くとしても、ベルカナンに在中する兵士だけでは人数不足は否めない。他から兵士を集めるだけでも時間は掛かるはず。獣人の国を掌握するのに、どれだけの時間を要するのかは不明だが、それでも俺の方が早いはずだ)
レオンは頷いて周囲を見渡す。
いつの間にかヒュンフも戻りレオンの様子を覗っていた。レオンが真剣な面持ちで考え込むのを見て声を掛けるのが
レオンと視線が合うと一礼してから報告を始めた。
「レオン様、ドッペルゲンガーの配置を終了いたしました」
「ご苦労だった。もうこの砦に用はない。後はドッペルゲンガーとシャドードラゴンに任せて我々は先を急ぐことにする。陽が昇らないうちにこの砦を離れるぞ」
「はっ!!」
ヒュンフとツヴァイはレオンに二つ返事で答えるとサラマンダーを呼び寄せる。
レオンはサラマンダーをひと撫でしてから地面を蹴って飛び移った。後を追うようにヒュンフとツヴァイの体も宙を舞う。
しっかりと鞍に跨り体を固定すると、レオンはサラマンダーに指示を出す。
「ゆたんぽ、このまま北の街道を直進しろ」
「きゅう」
サラマンダーは自分の背中を振り返り大きく頷いて走り出した。
砦からは真っ直ぐ北に街道が伸びている。尤も、街道といっても、ここは敵国と隣接する辺境の地。
まともな舗装などされているわけもなく、地面を踏み固めただけの悪路であった。それでもサラマンダーは地面を滑るようにスルスルと移動をする。
もしこれが馬での移動なら、乗り心地は最悪であったに違いない。
サラマンダーは馬より早く持久力もある。レオンは騎乗魔獣にして良かったと改めて喜びを噛み締めていた。
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