侵攻⑥
ヒュンフと霞の密かな誘惑は、僅か数ミリ胸を寄せただけ、余りに密かすぎて誰にも気付かれることなく終わっていた。
霞は既にレオンの下を離れ警戒任務へ戻っている。
報告の時から霞の股間は壊れた蛇口のような状態のため、ちょうど良かったのかもしれない。
あれ以上レオンと一緒にいたなら、水を跳ね除ける忍装束――ラバー素材――の中は大洪水となっていたところだ。
淡々と話しが進められ、レオンらは砦の裏から内部へと侵入していた。
これなら砦自体が視界を遮る障害となり、谷に潜んでいる偵察隊に見られることもない。
レオンは城門を潜り抜け、開けた場所で周囲を見渡す。その場所は四方を高い建物や城壁で囲まれ、全方位から矢で射殺せるように設計されていた。
前方には更に頑強な城門が立ちはだかり侵入者の行く手を阻んでいる。
一度中に足を踏み入れたら、生きては出られない仕組みである。
レオンが歩みを進めると、ヒュンフが先行して頑強な城門が開け放たれていく。
その先には小さな広場があり、中央には焚火の跡が残っていた。近くには雨露を凌ぐだけの簡素な倉庫、その中には大量の薪が山積みにされている。普段はここで暖を取っているのだろうか、それとも狼煙として使っている可能性もある。
どちらにせよレオンには不要なものでしかなかった。
レオンはそれらを一瞥すると次の行動に移る。
(先ずは
「ツヴァイ、拠点に戻りメリッサを連れきてくれ。ドッペルゲンガーを召喚してもらう」
「畏まりました。すぐに連れてまいります」
砦に入るまでの道中、予めドッペルゲンガーのことを伝えていたため、ツヴァイが戻るのは早かった。その時からメリッサに待機場所を指定していたのだろう。ツヴァイは僅か数秒でメリッサと共に姿を見せた。
金髪の少女――メリッサ――は、崇拝する主の前で恭しく頭を垂れた。
彼女は裾が解れた禍々しい黒の神官服に身を包み、手に持つのはグリモアと呼ばれる鍵付きの分厚い魔道書。
長い髪が顔の半分を覆い、整った顔は少し不気味に見える。
顔を上げるように伝えると、半眼の紅い瞳がレオンの瞳と交差した。その瞬間、ニタッと笑うメリッサの歪んだ表情が、レオンの背筋に悪寒を走らせる。
レオンは恐怖による耐性がある。恐らく恐怖ではなく、彼女の持つ独特の雰囲気、気味の悪さに悪寒が走ったのだろう。
(メリッサは魔人で確か十五歳だったか?普通にしてれば可愛いのに――何であんなに笑顔が不気味なんだ。頼むから笑わないでくれ……)
「メリッサ、早速だがドッペルゲンガーを召喚してもらいたい。レベルは低くて構わん、数を多めに――そうだな。二百体召喚できるか?」
「可能でございます。少々お待ちを」
メリッサは頷き返し、ニタッと笑みを浮かべながら立ち上がった。
これは何度見ても慣れることはないようだ。再びレオンの背筋に悪寒が走る。
メリッサは手のひらにグリモアを乗せると、その手を前に突き出し、もう片方の手を天に掲げた。
グリモアの鍵が外れ、ページがバサバサと捲られていく中、メリッサの前方に魔法陣が浮かび上がる。と、同時に魔法陣が黒い光を放った。
「
メリッサの声に応えるように、魔法陣から夥しい数のドッペルゲンガーが湧き出てくる。
それは人間のように二足歩行で歩いてはいるが、全身が真っ黒で顔には起伏が全くなかった。どちらかといえば、人間よりもスライムに近いのかもしれない。
召喚を終えたメリッサは、「ふぅ」と一息つくと、「どうでしょうか?」と、レオンに不気味な笑みを向けてくる。
レオンもどうにか笑みで返うと努力するが、やはり嫌悪感は拭いきれない。メリッサに向けたレオンの笑顔は僅かに引き攣っていた。
「う、うむ。ご苦労だった。もう下がってよいぞ」
それでもメリッサはレオンに笑みを向けられて嬉しいのか、口元からは僅かに涎が垂れている。
本来であれば転移魔法で早々に立ち去るのだが、ツヴァイから聞かされた話の内容でメリッサには妙案があった。
口元の涎を手で拭うと、いつもの気怠そうな顔つきに戻り、レオンの前で跪いた。
「レオン様、獣人のことは通話でツヴァイ様よりお聞きしております。そこで私にご提案があるのですが――よろしいでしょうか?」
「提案か……、構わん。申してみよ」
「はっ!ここには一万近い獣人の死体があると聞き及んでおります。その獣人を私の末妹を使いゾンビに変えては如何でしょうか?この国を攻め滅ぼす兵士としても、レオン様が欲しいている牧場の警護としても――どちらでもお使いいただけるかと」
レオンは「ふむ」と、一言だけ発すると、片手で顔を覆い考え込む。
(確かメリッサは三つ子の次女、末妹は
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