侵攻④

 月明かりに照らされた草原を霞は駆け抜ける。

 姿を隠すだけならまだしも暗殺ともなれば、もはや透明シースルーマントは邪魔でしかなかった。

 どんなに姿を消していても、素早い動きではマントがはためく音で場所が特定される。その上、更に動きを阻害されるデメリットもあるからだ。

 そういった意味でも透明シースルーマントは暗殺より潜入や潜伏向きと言えた。

 霞が透明シースルーマントをインベントリに収納すると、下に身に着けていた忍装束が月光の下に晒された。だがそれは普通の忍装束ではない。肌にぴったりと張り付く伸縮性の素材、所謂いわゆるラバースーツと言われるものに酷似していた。

 漆黒の忍装束には籠手こて脛当すねあても含まれ、そのいずれも光の反射を防ぐために漆黒の艶消しが施されている。

 目に見える武器は背中に背負う忍者刀のみ。

 普段外套の下に隠された魔乳とも呼べるふくよかな胸は、肌に張り付く忍装束により一層際立って見える。


 霞は砦に近づくと影の中に潜り姿を暗ます。

 大地に映る草影を通りながら砦の影に入ると、暗闇の中から音もなく上空に舞い上がっていた。城壁を一気に飛び越え、更に城壁の上から天高く飛び上る。

 体を中空でひるがえし、城壁の獣人をスキルと気配で確かめると、狙いを定めて目にも止まらぬ動きで腕を振り下ろす。


(見張りの数は百二十。この程度であれば余裕ね――スキル〈影苦無・時雨〉)


 スキルで作られた無数の苦無くないが雨のように解き放たれる。その数は全部で二百四十、獣人一体に対し苦無の数は二本である。

 一つの苦無は音もなく獣人の額を貫き通し、一瞬にして意識と命を同時に絶つ。それに合わせて、もう一つの苦無が獣人の影を縫い付け崩れ落ちることを許さない。

 見張りの獣人はいつ殺されたのかも理解できずに、まるで生きているかのように城壁の上に立ち尽くしていた。

 額から流れ落ちる血液も極僅か、近づかなければ死んでいるとは思わないだろう。

 霞はスキルと気配で取りこぼしがないかを確認すると瞳を細めてほくそ笑む。


(あとは砦の中、一万近い獣人が寝てるはず。だけど気配が凄い勢いで消えている。流石はヒュンフ様、私も直ぐに後を追わなくては……)


 万が一にも撃ち漏らしたらレオンに合わせる顔がない。霞は最後にもう一度、外の気配を確認してから砦の中へと侵入した。

 中の通路は思うより狭く薄暗い。どうやら見張りは少ないようだが、霞はそこかしこから獣人の気配を感じ取っていた。

 多くの気配が纏まっている事から、数多くある扉の先は、獣人が雑魚寝をしている小部屋であろう。扉はしっかりとしまってはいるが、僅かな隙間があれば影移動シャドウムーブで容易く侵入できた。

 霞は部屋に侵入すると忍者刀を抜き放つ。防具同様、忍者刀も漆黒の艶消しが施され、暗闇の中では闇に溶け込み視認は困難を極める。

 夜目の効く獣人であっても直ぐには対応できないだろう。尤も、それ以前に熟睡している時点で、その獣人の命運は尽きているのだが……

 霞の振る忍者刀は、ヒュッ!と、短い音を立てながら獣人の首を切り落としていく。

 血飛沫が飛び散り隣で眠る獣人に降り注ぐが、その獣人が目覚めることはない。何故なら、その頃には既に隣の獣人も斬られて息絶えているのだから……

 雑魚寝部屋には五十人の獣人が寝ていたが、その獣人を屠るのに掛かった時間は僅か数秒。獣人たちは誰一人、霞の存在に気付くことなく骸と化していった。

 霞は部屋を移っては次々と獣人の数を減らしていく。道中合う見張りの兵も霞の前では赤子も同然、斬られるために出てくるようなものである。

 砦にいた一万の獣人は、僅か一時間ほどでその姿を全て消していた。




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