侵攻③

 レオンは砦から見えない場所にサラマンダーを待機させた。

 円滑に牧場を手に入れるためにも獣人の戦力は極力削りたいが、今は派手に暴れるわけには行かなかった。

 谷の出口からでも砦の視認は可能である。獣人たちが騒ぎ出せば、その異変は直ぐにでも偵察隊の知るところとなるだろう。

 篝火かがりびに映し出される獣人を見つめながら、レオンはどうやって砦を落とすかを考えていた。


(さて、どうやって砦を落とすかだが……。ベルカナンの偵察隊の目もある。攻撃魔法は問題外だな。眠りの霧スリーピングミストで獣人を全員眠らせるか?いや、砦の周りだけ霧が発生したら不自然だ。それとも偵察隊を眠らせて――いや駄目だ。起きた後に全員寝ていたと知れたら、絶対に何かあったと怪しむに決まっている)


 レオンが口を閉ざし考え込んでいるのを見て、ツヴァイは首を傾げていた。

 ツヴァイからすれば獣人など取るに足らない存在。攻撃魔法の一撃で砦を落とすこともできるため、レオンが何を悩んでいるのか理解できずにいた。


「レオン様、私が攻撃魔法で砦を落としましょうか?」


 だからこんな言葉も自然と出てしまう。


「いや駄目だ。それではベルカナンの偵察隊の目に止まる」

「では偵察隊も殺してしまえばよろしいのでは?」


 レオンはツヴァイの発言に表情を曇らせた。

 偵察隊からは定期的にベルカナンに報告がなされている筈だ。その連絡が途絶えれば、アスタエル王国とて何らかの行動を起こすだろう。

 恐らく国境の警備を強化するに留まると思うが、報復として獣人の国への侵攻がないとは絶対に言い切れない。

 最悪、レオンらが獣人たちと戦っている間に、アスタエル王国が漁夫の利を得ることも十分に考えられた。

 レオンにとっての最良は、獣人たちの混乱や異変を他国に漏らさず、速やかに獣人たちの国を支配下に置くこと。

 ツヴァイの申し出はレオンの意図することにかけ離れている。

 レオンは当然のようにツヴァイの申し出を跳ね除けた。


「偵察隊からの連絡が途絶えれば、アスタエル王国は何らかの行動を起こすだろう。その中には更なる獣人の監視も含まれるはずだ。大挙して砦に押し寄せる恐れもある。そんなことになったら、我々がこれから落とす、目の前の砦の異変にも直ぐに気付かれてしまう。砦の獣人が殺されていると知れたら、これ幸いとアスタエル王国が軍を差し向ける恐れもある」

「それではこの砦をやり過ごし、もっと内側の街や砦から攻め滅ぼしては如何でしょうか?」


 ツヴァイの提案にレオンは頭を悩ませた。

 確かにそれも一つの手である。しかし不安がないわけではない、レオンの探知魔法では砦の中には一万近い獣人の影が映されていた。

 人間の村を襲ったばかりなのだ。人間が獣人に警戒するように、獣人が人間の報復に備えていないわけがない。

 当然、近隣の街や砦、若しくはもっと中央の主要都市とも密に連絡を取り合っているはず。この砦をやり過ごし、近隣の街や砦から攻め滅ぼしても直ぐに異変は伝わるだろう。

 国境の警備よりも内部に潜り込んだ敵の排除を優先するのは目に見えている。この砦からも少なくない獣人が動く恐れがあった。砦の動きが慌ただしくなれば、その異変にベルカナンの偵察隊が気付かないわけがない。

 結局のところ、それではアスタエル王国が動く恐れが出てくるのだ。


(やはり隠密を使い秘密裏に獣人を殺して砦を占拠。メリッサにドッペルゲンガーを召喚してもらい、獣人に成り済ませるのが一番無難かな?これなら城壁にドッペルゲンガーを立たせて置けば、少なくともベルカナンの偵察隊に異変は伝わらないはずだ。それに肉食系の獣人は殺せる内になるべく多く殺しておきたい。後々、草食系の獣人を盾に取られたり食い殺す恐れもあるからな)


「ツヴァイ、お前の案は却下だ。この砦は隠密で落とす。ヒュンフ、谷間に隠れている偵察兵に気付かれずに砦を占拠できるか?」

「獣人を全て殺しても良いのであれば、私一人でも可能でございます」

「そうだな。肉食系の獣人は全て殺してもよいが、草食系の獣人は困るな。念のため霞も同行させろ。暗殺に秀でた霞であれば、お前の役にも立つだろう」

「はっ!では行ってまいります」


 レオンの背後からヒュンフの気配が消え失せるのを確認し、ツヴァイは自分の案が否定されたことに肩を落としていた。

 ツヴァイにとっては、まともに与えられた初めての任務と言ってもいい。自分に何の出番もないことへの悔しさや苛立ちがツヴァイの心を焦らせる。

 小さな背中から伝わる僅かな震えが、ツヴァイの苛立ちや焦りをレオンに伝えていた。

 レオンはツヴァイの頭を優しく撫でて語り掛ける。


「ツヴァイ、私はお前を蔑ろにしているわけではない。適材適所という言葉があるように、お前の役目はこれからだ。そう落ち込むな」


 ツヴァイはただ静かに頷き、甘えるようにレオンの胸へと体を凭れかけていた。



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