侵攻②

 暗闇の草原の中をサラマンダーは疾走する。

 ベルカナンの街が見えなくなる頃には、遠くに見えていた山々が近くまで迫り、レオンは前方に目を凝らした。

 山に挟まれるように細長い道が北の方角に伸びている。

 他に通れそうな道も見当たらないため、恐らくこの谷を抜け獣人たちは来たのだろう。

 谷の中に入ろうとした時、ノワールから通話が入り、レオンはサラマンダーの動きを止めた。


『レオン様、この先にベルカナンの偵察隊が複数おります。こまま進めば見つかるのは確実かと』

『よく知らせてくれた。他に道はあるか?』

『他に道はございません。ですがサラマンダーであれば、山を登って越えられるのでないでしょうか?』

『そうだな、試してみるか』


 レオンは通話を切るとサラマンダーに声を掛ける。


「ゆたんぽ、この先に人間がいる。気付かれないように山を登って越えられるか?」

「きゅう」


 サラマンダーは首を縦に振ると山の斜面を登り始めた。

 初めは緩やかな斜面であったが徐々に勾配がきつくなる。それでもサラマンダーは、まるで地面に足が吸い付くかのように難なく山を登って行った。

 レオンはサラマンダーの上から谷を見下ろし確信する。


(下から見るより斜面が急だな。空でも飛ばない限り、この山を越えるのは人間や獣人では絶対に無理だ。谷を通って獣人が来たのは確実だな)


 飛行魔法での移動が一番手っ取り早いのだが、プレイヤーが何処にいるかも知れない。そのためレオンは敢えてサラマンダーでの移動を行っていた。

 隠密に周囲を警戒させてはいるが、接近したプレイヤーを見つける保証はどこにもないのだから……


 レオンはツヴァイの小さな体を包み込むように、前方に体重を乗せて振り落とされないように鞍の突起にしがみついていた。

 時折ツヴァイのツインテールがレオンの頬を優しく撫でる。密着しているせいか、女性特有の髪の匂いがレオンの熱を少し上げた。

 サラマンダーの足でも一時間ほどは掛かっただろうか。山頂付近に近づくと次第に傾斜は緩くなり、今度は下り坂に入る。

 先程までと打って変わり、今度は前に倒れないようにレオンは後方に体重を乗せた。

 サラマンダーが上下に揺れる度に、背後に座るヒュンフの胸がクッションとなり、レオンの体を何度も弾ませる。

 普段の押し付けられるような感触とは違い、胸の弾力が数倍にも感じられ、レオンの熱は更に上がる。

 何時しか恥ずかしさと興奮でレオンの顔は赤く染まっていた。暗がりと揺れる視界で顔をはっきりと見ることができないのは、レオンにとっての幸運である。


 山越えも終盤に差し掛かる頃。先程ノワールの言っていたベルカナンの偵察隊が、レオンの探知魔法にも複数捉えられた。

 谷の出口付近に幾つかの隊に分かれて等間隔に配備さているようだ。


(これなら獣人が谷に入ると直ぐに気付くだろう。流石に襲われて直ぐだ。獣人の動きには敏感に為らざるえないか。初めからこうしていれば被害は少なくて済んだものを……)


 前方に視線を向けると遠くに篝火かがりびが見えた。

 スキルを使い更に目を凝らすと、ベルカナンのような石造りの巨大な壁が視界に飛び込んでくる。

 アスタエル王国同様、獣人たちも国境付近には砦を築いているらしい。

 広い範囲に煌々こうこうかれる篝火が砦の大きさを窺わせる。


(なぜ谷の中に関所や砦を築かないんだ?それだけで敵の侵入は直ぐに感知できるし時間も稼げる。守るにしても打って付けだ)


 レオンが谷に視線を移すと、疑問に答えるよに瓦礫の山が見えた。

 背丈以下のそれは、恐らく建設中に破壊された砦の残骸であろう。振り返ると谷の中にはそんな場所が幾つもあった。


(谷の中に大きな石や燃えた木材が転がってるな。関所や砦のようなものを造ろうとはしたのか……。それを建設中に破壊されたんだな。普通に考えても、こんな狭い谷の中に、お互いそんな建造物を許す筈がないか……)




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