侵攻①
中天に月が架かる頃、ベルカナンに近い小高い丘に大きな影が伸びた。
月明かりに映る影の主は、真紅の鱗で覆われた巨大なサラマンダー。その上からは、レオン、ツヴァイ、ヒュンフがベルカナンの街を見下ろしていた。
「街の外に人影はないな」
レオンが口を開くと、背後からヒュンフの声が聞こえてくる。
「ですが城壁の上に見張りがいるようです。夜とは言え月も出ております。街の傍を通るのは控えた方がよろしいかと」
「そうだな。ところで一つ聞きたいのだが……」
「何でしょうか?」
「ヒュンフもゆたんぽに乗って移動するのか?」
「
そう告げると、ヒュンフは後ろからレオンに胸を押し付けた。
普段は黒い外套に覆われてよく分からないが、背中で感じたヒュンフの胸は中々の大きさである。
柔らかな感触にレオンも思わず言葉が吃った。
「そ、そうか。頼もしい限りだな」
不意にピンク色のツインテールがレオンの目の前で揺らいだ。
後ろの様子が気になるのだろう。レオンの前に座っていたツヴァイは、振り返り後ろを覗き込むように見ていた。
そしてレオンに密着するヒュンフを見るや、自分も負けじとレオンの胸に凭れ掛かる。
レオンは前からの重みに視線を下げると、ツヴァイが甘えるような笑みで見上げていた。
「申し訳ございません。少し寒いので……」
レオンはツヴァイの露出した手足を見て反省する。
夜ともなれば気温もグッと下がる。露出度の高いツヴァイが寒さを訴えるのは当然のことであった。
もしサラマンダーが走り出せば、風を受けて体感温度は零度を下回るだろう。レオンはインベントリから厚手の外套を取り出しツヴァイの前に被せた。
「これで少しは寒さを
「それよりもこうした方が暖かいです」
ツヴァイはレオンの羽織るマントを僅かに開けると、その中に体を滑り込ませた。
一つのマントに一緒に
ツヴァイの体温が伝わってきて確かに暖かい。
それはツヴァイも同じであろう。「どうでしょうか?」と、尋ねるツヴァイにレオンは微笑み返す。
「うむ。確かにこれは暖かいな」
「お気に召したようでなによりです」
ツヴァイはレオンに体を預けながら嬉しそうに返答する。
楽しそうな二人の明るい声にヒュンフがムッとしていると、突如三つの気配がすぐ間近に現れた。
レオンやツヴァイも直ぐに気付き、サラマンダーの上から気配の主を見下ろす。
黒い外套で身を隠しているため、体は闇に溶け込み分かりづらいが、顔だけは月明かりで鮮明に見える。
尤も、鮮明に見えると言っても、一人の顔は黒い
レオンは懐かしい顔触れに声を掛けた。
「久しいな、ノワール、霞、フレッド。お前たちにはいつも情報収集の任を押し付けてすまないと思っている」
レオンの言葉にノワールがくぐもった声で返答し、その後にフレッドも続いた。
「勿体無いお言葉。ですがレオン様がお気になさることはございません。我らの適性を考えれば当然のことかと」
「ノワールの言う通りでございます。レオン様のお役に立てることが我らの喜び。これからも御遠慮なく我々をお使いください」
「そうか、私は素晴らしい従者を持ったな。アインスから話は聞いていると思うが、私はこれから獣人の国へと向かう。お前たち三人は周囲の警戒に当たり、プレイヤーの影を捉えたなら即座に報告せよ。私の許可無く戦うことは許さん、よいな」
「はっ!!」
ノワールとフレッドが頷き返す中、霞は俯き微かに息を荒げていた。
その様子に隣のフレッドがギョッとする。頭のおかしな霞はレオンの姿に欲情し、股間に指を這わせていた。
レオンが気付いていないのが不幸中の幸いであるが、こんなことが知れたら色々な意味で大変なことになるのは明白であった。
特に性的なことに厳格なツヴァイは絶対に許さないであろう。
フレッドは早々に立ち去った方がよいと判断するや声を上げた。
「では我々はこれで失礼いたします」
だがツヴァイがそれを許さない。
「お待ちなさい。霞、レオン様からの勅命ですよ。なぜ返答をしないのですか?」
「えっ?」、レオンはツヴァイの不機嫌そうな声に思わず見下ろす。
顔は見えないが伝わる体温が僅かに上がったように思えた。
(怒ってるのか?別に仕事をしてくれたら返事くらいどうでもいいんだが……)
霞が顔を上げると息も整い、すっきりとした顔をしていた。恐らく行為は程なくして終わったのだろう。
レオンを熱い眼差しで見つめると、凛とした声で返した。
「直ぐに返答できず申し訳ございません。レオン様の勅命、この霞、命に代えても必ずや全ういたします」
「うむ、期待している」
レオンはこれで問題はないだろうと鷹揚に頷いた。
しかし、ツヴァイは思う事があるのか、どうも機嫌が悪い。
「……まぁ、良いでしょう。今回は見逃してあげます。でも二度目はありません。もし今度先程と同じようなことがあったら――その時は覚悟しなさい」
「はっ!」
レオンはツヴァイの言葉を聞いて眉間に皺を寄せていた。
(何を覚悟するんだよ!返事をしないくらいで厳しすぎるだろ?下の者への指導は大切だが、ツヴァイは少しやり過ぎな気がするな……)
霞は姿を消すと、後を追うようにノワールとフレッドも闇の中へ溶け込んでいった。
それを見て、レオンも気を取り直し動き出す。
「ゆたんぽ、体からは勿論、口からも炎は絶対に出すなよ。暗闇の中では炎の明かりは目立つからな」
「きゅう」
サラマンダーは首だけ振り向き頷き返した。
「よし、ではベルカナンを大きく迂回して進め。目指すは獣人の国だ!」
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サラマンダー 「ちびっ子が偉そうだよ?」
粗茶 「実際に偉いから仕方ないね。従者の序列は2位だし」
サラマンダー 「僕も部下が欲しいな。サラマンダー先輩って呼ばれたい」
粗茶 「トカゲの部下か、そんなのがいたら哀れで仕方ないな」
サラマンダー 「どうして?」
粗茶 「もう絶望しかないからだよ。トカゲは生きててごめんなさいレベルだからね」
サラマンダー 「マジすか!?∑(艸゚д゚;)ガガーン」
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