観察③

「このアインス、レオン様のご命令とあらば、あの牧場を直ぐにでも手に入れてご覧に入れます」


 不意に聞こえた声に、レオンは「え?」と瞳を見開いた。

 声の方に視線を向けると、アインスが怪しい笑みで見つめ返している。ガリレオもアインスに続いて口を開くと、レオンに対し恭しく頭を下げた。


「不肖ながら、このガリレオもアインス様にお力添えしたく思います。どうかご命令を」


 二人の申し出にレオンは難色を示す。

 牧場を手に入れるために侵略は必要だが、この拠点には二人にしかできない役割もある。


(あの牧場を手に入れるために獣人の国へ行く必要はあるが、この二人を動かすわけにはいかない。アインスにはこの拠点の管理があるし、ガリレオには監視部屋から遠く離れた地の調査、監視をしてもらう必要がある。それに二人とも戦闘には向かないからな……)


「いや、それには及ばない。二人は与えられている命に従事せよ。この件に関しては私が直接赴くことにする」

「レオン様が自ら赴く必要はないかと。私でなくとも数人の従者を――それこそ獣人の元に潜伏させている、ノワール、霞、フレッドの三名を動かすだけでも事足りるのではないでしょうか?」

「確かにそうだが、他のプレイヤーが介入してこないとも限らないからな。何よりも、牧場で飼われている獣人を、この目で直に見ておきたいのだ」

「では私も同行させてください。必ずやお役に立ってみせます」

「お前が拠点を離れては、人工太陽や空調を維持できないだろ?拠点で暮らすペットや従者もいるのだ。容認するわけにはいかないな」

「そんな……」


 レオンの言葉を聞いてアインスはがっくりと肩を落とす。

 思えば拠点から自由に出ることもできず、街に屋敷を建ててからはレオンと会える時間も大幅に減っている。

 屋敷に移る従者もいる中で、なぜ自分だけと、アインスは悲嘆に暮れた。そんな暗い表情のアインスにレオンは苦笑いを浮かべる。


(凄い落ち込んでる……。俺が動くといつも過剰に心配するんだよな)


「他のプレイヤーの存在が未確定なのだからアインスの心配は当然だな。お前を安心させる意味でも今回はツヴァイを同行させる。従者の中でも最大の火力を誇るツヴァイがいるなら、お前も安心できるだろ?」


 アインスは眉間に皺を寄せると表情の影が色濃くなる。

 確かにツヴァイであればプレイヤー相手にも互角以上に戦えるだろう。しかし、違う意味での心配事がアインスの脳裏を過ぎった。

 

「ツヴァイをですか?それでしたらアーサーの方がよろしいのではないでしょうか?レオン様の身を守るには打って付けの存在でございます」

「いや、今回はガチャの従者は出さない。あくまでも一介の冒険者を装い、獣人の元に乗り込むつもりだ。プレイヤーと遭遇した際、その方が相手も油断するだろうからな」

「では、ドライやゼクスでよろしいのでは?火力馬鹿のツヴァイよりも、余程お役に立てるかと」


(うおっ!辛辣だな。ツヴァイのことが嫌いなのか?でもなぁ、正直、同行者は男よりも女の方がいいんだよな。旅をするなら可愛い子と一緒がいいに決まってる。勿論、ドライやゼクスもいい奴なんだけどさぁ……)


 レオンは自分の願望を果たすために、もっともらしい言い訳をつらつらと述べた。


「ドライやゼクスは拠点防衛の要だ。連れて行くわけには行かないな」

「レオン様がどうしてもと仰るのであれば致し方ございません」

「うむ。私の同行者はツヴァイ、ヒュンフ、ゆたんぽで十分だろ。ツヴァイは私の冒険者仲間という事にしておこう。後は、ノワール、フレッド、霞と合流して周囲の警戒に当たらせる。この三人であればプレイヤーにもそう簡単には見つかるまい」


 アインスは名前の上がらなかった人物に首を傾げた。

 冒険者を装い動くのであれば、フィーアの名前は出て然るべきである。


「レオン様、フィーアはお連れしないのですか?」

「討伐した盗賊のこともある。ギルド職員の確認が終わり次第、報酬の受け取りもあるだろうしな。それにフィーアには、私の代わりにギルドの職員から情報の聞き込みをしてもらう」

「なるほど……。では、出発は何時になされるのでしょうか?」

「今夜だ。ベルカナンの近くまで転移した後、気づかれないように北へ抜ける」

「畏まりました。そのようにツヴァイにも伝えておきます。隠密もベルカナンの近くに待機させましょう」

「うむ、連絡は任せた。私は夜まで暫し休む」

「はい。ごゆっくりお休みくださいませ」


 アインスが深々と頭を下げると、レオンは転移の魔法で即座に消えていた。 

 それと同時にアインスが突如、拳を壁に叩きつけた。ズィーベンの魔法で強固に作られた壁であるが、それでも壁の一部が轟音と共に無残に崩れ落ちる。

 傍にいたガリレオが驚く中、今度は声を上げて泣き始めた。


「うぅ、なんで私だけいつもお留守番なの。私だってレオン様のお傍に居たいのに……。同行を許されたと知ったら、ツヴァイは絶対に自慢をするに決まってるわ。うぅ、知らせたくない……」


 それは流石に不味いとガリレオも動いた。

 レオンの命に反することは許しがたい重罪である。ガリレオはアインスを慰めようと重い口を開いて語りかける。


「ア、アインス様はこの拠点の管理者、誰よりも重要な任を負っております。レオン様は決してアインス様を蔑ろにしているわけでは――」

「そんなの分かりきってることでしょ!もう少し気の利いたことが言えないの!これだから頭の固い老人は嫌いなのよ!謝罪なさい!」

「も、申し訳ございません」


 ガリレオは頭を下げると崩れた壁に視線を移した。


(アインス様は少々短気ではなかろうか……。それに儂は悪くないと思うんじゃが――何で謝らねばいかんのじゃろ……)


 アインスはレオンの座っていた豪奢な椅子に突っ伏し、声を上げて再び泣き始めた。

 その様子にガリレオは、(ここは儂の部屋なんじゃが、早く帰ってくれんかのう……)と、心の中で呟いていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「僕も同行できる!」

粗茶 「非常食としてだけどね」

サラマンダー 「え?でも僕ご飯貰ってないからガリガリだよ?食べるとこないよ?」

粗茶 「そうなの?ちゃんと自分で餌くらい取れよ。使えない奴だな」

サラマンダー 「飼い主の責任なのに何故か僕が悪いことになってる!」

粗茶 「何でもかんでも飼い主に責任を押し付けるな!全てトカゲの自己責任だ!」

サラマンダー 「そんな馬鹿な!(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル 」

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