メイド④
突然の修羅場が一転、和やかな雰囲気に変わり、メアリーは安堵の溜息を漏らす。
目の前のバハムートを微笑ましく眺めていると、不意に体が揺らめきだした。メアリーは定まらない視線で体制を立て直そうとするも、体が思うように言うことを聞かない。
張り詰めていた緊張の糸が切れたことで、堪えていた疲労が一気にメアリーの体に伸し掛っていた。
思えば昨日、盗賊から助け出されたばかりである。魔法で傷は癒せても、精神的疲労が回復したわけではない。
更には大量の汗をかいたことも起因するだろう。
気付けばテーブルに突っ伏すように倒れ込んでいた。
近くからバハムートの声が微かに聞こえ、小さな手の感触が頭を撫でる。
レオンも咄嗟に身を乗り出して声を上げていた。
「おい!どうした!」
アハトはゆっくりとメアリーを抱き起こし容態を確かめる。
意識は朦朧としているようだが呼吸や脈はしっかりしている。汗で濡れていた寝巻きから、軽い脱水症状の疑いがあった。
「恐らく軽い脱水症状と思われます。回復魔法よりも水分を取らせた方がよろしいかと」
「水だな!直ぐに用意する!」
メアリーは朦朧とする意識の中でレオンとアハトの声を聞いていた。
(そうだ、ノインさんに水を貰いに来たんだった……。旦那様とアハトさんに迷惑をかけちゃったなぁ……)
僅かに開いた瞳には、心配そうに身を乗り出すレオンの姿が映る。
(これ以上、旦那様を心配させちゃいけない……。しっかりしないと……)
メアリーは気力を振り絞り手足に力を込めようとするも、思うように力が入らない。
(情けない……)
薄れゆく意識の中で、メアリーは唇に冷たい感触を受けた。
冷たい感触は口の中に入り喉の奥を通り過ぎる。胃にストンと落ちると体が潤っていくのが感じられた。
同時に僅かではあるが手足に力が蘇る。
次第に意識は鮮明になり、自分の置かれている状況も見えてきた。
見上げれば直ぐ目の前にはアハトの整った顔が見える。いつの間にかメアリーはアハトの胸に頭を凭れ掛けていた。
メアリーは慌てて起き上がろうとするも、それをアハトが静止する。
「まだ動いては駄目だよ。先ずはこの水をゆっくりと落ち着いて飲んで」
口元にグラスが近づけられ、メアリーは言われるがまま水を飲み込む。
初めはゆっくりと飲んでいたが、いつの間にかグラスを手に持ち、ゴクゴクと音を出して水を飲み込んでいた。
それほど体が水分を欲しいていたのだろう。瞬く間に水を飲み干す様子を見て、アハトはメアリーの体をそっと離した。
「もう、大丈夫かな」
メアリーは一息つくと、グラスをテーブルに置いて椅子に座り直す。
心配そうに見つめる周囲の目に、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ご迷惑をおかけしました」
「頭を上げてくれ。お前の体調を気遣ってやれなかった我々の落ち度だ。すまなかったな」
レオンが頭を下げると、従者たちも一糸乱れぬ動きで揃って頭を下げた。
バハムートもレオンを真似て、ペコリと頭を下げている。
メアリーはその光景に目を丸くする。
「あ、頭を上げてください」
レオンは頭を上げると僅かに笑みを見せて頷き返した。
「そうだな。一緒の屋敷で暮らす以上、メアリーは家族も同然だ。他人行儀なことはやめにしよう」
「え、いや、そういう事では……」
「今はお前の体が心配だ。しっかりと水分を取らなくてはな」
「は、はい……」
アハトは水差しからグラスに水を注ぐとメアリーの前に置いた。
メアリーが飲み干すと、また直ぐにグラスに水が注がれる。体を心配してのことだろうが、そう何杯も直ぐには飲めない。
飲みすぎて体を壊しても心配を掛けるため、メアリーは自室で休もうとレオンに視線を移した。
「旦那様、お陰様で体調も良くなりました。私は寝室に戻ろうと思います」
「まぁ、慌てるな。いまノインが食事の準備をしている」
レオンがメアリーを引き止めると、アハトも続けて話し掛ける。
「レオン様が屋敷で食事を取られることは滅多にない。メアリーも一緒に食事を取るといいよ」
「私はお屋敷で働いたことがないので分からないのですが、旦那様や奥様とご一緒にお食事を取ってもよろしいのでしょうか?」
「構わん。先程も言ったが屋敷で暮らす者は家族も同然だ。私は家族を差別したりはしない」
「では私もお食事をいただきます」
メアリーが笑顔でそう答えると、見計らったように厨房からノインが顔を覗かせた。
同時にスープの美味しそうな匂いが漂い、アハトが立ち上がるのを見て、メアリーも直ぐに後を追う。
先程と打って変わり、メアリーの体は見違えるように軽くなっていた。飲んだ水は僅かに甘味があたことから、普通の水ではなかったのかもしれない。
今日一日は休みを言い渡されていたメアリーであったが、手持ち無沙汰で丁度良いと、率先して料理を厨房から運んでくる。
ノインやアハトの指示の元、テーブルの上には所狭しと料理が並べられていった。
全ての料理を運び終え席に着くとテーブルの上を見渡す。
芸術品のような美しい料理からは、食欲をそそる匂いが漂っていた。
こんな豪華な料理を食べても良いのだろうか?そう思うとメアリーの匙は一向に動くことはなかった。
そんなメアリーを見かねてノインが優しく声を掛ける。
「メアリーちゃん、しっかり食事を取らないと倒れてしまいますよ」
倒れると聞いて、メアリーは持っている匙をスープに沈めた。
(これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。しっかり食べないと)
口に運ぶとこの世のものとは思えないほど美味しい。
頬が溶け落ちるのではと思うほど、旨みが口の中に広がっていった。
それからは早かった。見たことのない料理への好奇心もあってか、様々な料理に手をつけては満面の笑みを見せた。
美味しそうに料理を頬張るメアリーにノインも大満足である。
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粗茶 「ごめんなさい、時間がなかったので中途半端です」
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