メイド⑤
食事も終盤に差し掛かる頃、レオンはナプキンで口元を拭い厳かに口を開いた。
「貴族の動きはどうなっている?」
レオンの声は無意識の内に全員の手を止めていた。食堂は瞬時に静まり返り、静寂の中でアハトは恭しく口を開いた。
「レオン様を取り込もうと画策しているようですが、今はシリウスを使って押さえ込んでおります。この街にいる限り手出しはできないかと」
「うむ。当面、問題はなさそうだな。では王国内の盗賊どもを根絶やしにする。
「北に偵察用のイビルバットを五千体放っておりますが余裕はございます。イビルバットでしたら、あと一万五千はいけるかと」
レオンはアハトの言葉を聞いて「ほぅ」と、感嘆の声を上げていた。
(レベルが一桁とは言え、二万のイビルバットを召喚できるのか。まったく出鱈目な世界だ。いや、それだけの数を制御できるメリッサを褒めるべきか……)
「ならば王国内にイビルバットを五千体放て。盗賊の塒を全て洗い出し根絶やしにする」
「はっ!早急にメリッサにお伝えいたします」
アハトが頭を下げる中、メアリーには何を言っているのか全く意味が分からなかった。
辛うじて分かったのは盗賊を根絶やしにするという事だけ。しかし、本当にそんなことが可能なのかと疑問が過る。
盗賊は至るところに潜んでいる。それこそ街の中にさえも……
巧妙に隠された塒は、そう簡単には見つけることができないだろう。
(でも、私を助けてくれた旦那様なら……)
不可能だと分かっていても、いつしかメアリーはそんなことを考えていた。
もしかしたらそれは自分の我が儘なのかもしれない。それでもメアリーは、盗賊を根絶やしにすると言ったレオンの言葉が、何故か真実であるかのように思えてしまう。
そう思わせる程、レオンの言葉は自信に満ち溢れていた。
「では明日からは、盗賊の討伐依頼を受け続けるのでしょうか?」
フィーアの問いにレオンは俯き、食べかけの料理に視線を落とした。
盗賊の討伐依頼は常にギルドに張り出されている。
(王国内の盗賊は皆殺しにしておきたいが、俺は正直動きたくない。攫われた人間を間近で見たら情が湧くだろうしな……。不特定多数の人間の人生まで俺は背負い込みたくはない。シリウスの治める領内は奴の私兵でなんとかなるだろう。それ以外の場所はシリウスから他の貴族に盗賊の情報を流すか……)
「シリウスの領内は奴の私兵に当たらせろ。それ以外の場所はシリウスから他の貴族に情報を流して恩を売る。フィーアはその旨をアンナに伝えておけ」
「畏まりました。シリウスの私兵をいつでも動かせるようにしておきます」
「では頼む。私はこれから一度拠点に戻る。屋敷に戻るのは朝になるだろう」
「畏まりました」
レオンが椅子から立ち上がると、その場にいる従者は一斉に立ち上がり頭を下げた。
それに習う様にメアリーも慌てて立ち上がり、横目で周囲の状況を確認しながら見よう見まねで頭を下げる。
レオンが食堂を完全に出ると、みな何事もなかったかのように椅子に座り食事が再開された。
メアリーは隣のノインに視線を移して気になることを尋ねた。
「ノインさん、旦那様はこれから何処かに行かれるのですか?外はもう真っ暗です。お一人での外出は危険ではないでしょうか?」
屋敷の主が出かけるというのに、みな一様に後を追う気配がない。
メアリーの疑問は最もである。
「大丈夫ですよ。直接外に出るわけではありませんから」
直接外に出ない?メアリーはノインの言葉に違和感を覚えたが、それ以上尋ねることはしなかった。大丈夫と断言しているのに、それ以上聞くのは野暮である。
食事が終わると後片付けをして、メアリーはノインに付き従い屋敷の中を案内されていた。
いつでもお湯を張っている大きなお風呂に広々としたダンスホール、自分が与えられた部屋より更に豪華な客室。そして絶対に入ってはいけないと言われた地下への扉。
最後は兎も角、見るもの全てが輝いて見えた。
しかも、お風呂は使用人も入り放題である。
メアリーは以前身につけていた衣服やメイド服を受け取り寝室に戻ると、明日からの仕事に備えて早々に眠りについた。
翌朝。メアリーは目を覚ますと真新しいメイド服に袖を通した。
身支度を整えると厨房でノインから料理を学ぶ。そんな何気ない日々が数日続いたある日、突然レオンが全く姿を見せなくなった。
確かに今までも殆ど姿を見ることはなかったが、それでも一日に何度かはすれ違ったりする。
それが一度もすれ違わない日々が続き、いつの間にかヒュンフやサラマンダーの姿も見えなくなっていた。
メアリーは気になりノインに尋ねるも、遠くに出かけているとしか答えてくれない。
時折すれ違うフィーアは少し不機嫌そうに表情を曇らせていた。
(旦那様とヒュンフさん、それにゆたんぽちゃんもずっと見ていない。冒険者の依頼で何処か遠くに行ってるのかな?無事に帰ってくるといいけど……)
メアリーはレオンの無事を切に願った。優しい旦那様が怪我をしませんように、みんなと一緒にお屋敷に帰ってきますように、と……
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