メイド②

 メアリーは瞳を白黒させながら、いつの間にか身を乗り出していた。

 聞き間違いではないのかと、ノインの言葉を頭の中で一言一句思い出す。

 だが何度思い出しても言葉が変わることはない。

 私がこのお屋敷のメイド?メアリーは混乱するばかりである。

 住み込みで働けるなら願ってもないことではあるが、そんなお願いをした覚えはメアリーには毛頭ない。

 私を哀れんで言っているのだろうか?そんな思いが脳裏を過る。

 今のメアリーの境遇を考えるなら答えはそれしかないだろう。勿論それでも構わないと思っていた。行き場のないメアリーはわらをもすがる思いなのだから。

 メアリーが難しい顔で唸っているのを見て、ノインは他の選択肢を与える。


「メアリーちゃん、断っても構いませんよ?次の仕事が見つかるまでこの屋敷に住んでも構いませんし、屋敷を出る際には金貨を1枚持たせますから」


 メアリーの人生はメアリー自身が決めること、ノインに無理強いするつもりない。

 突然の申し出にメアリーは困惑するばかりである。


「どうしてですか?」

「どうして?」

「どうして見ず知らずの私にそんなに優しくするんですか?」

「私がメアリーちゃんを気に入った。それだけですよ?嘘の付けない優しい子を放っておけないといいましょうか。何処か親近感を感じるんですよね」


 ノインは最後に声にならないほど小さく口を動かしていた。


「私が同じようにレオン様に作られたからですかね――」


 ノインの言葉を聞いて、メアリーは俯きじっと考えていた。

 好意に甘えてもいいのだろうか。この恩は何れ返せるのだろうか?と。

 屋敷で住み込みで働けるなら願ってもないが、メアリーはメイドがどのような仕事をするのかも分かっていなかった。

 そのため、もしや迷惑をかけるのでは?恩を仇で返したらどうしようと、不安が込み上げてくる。

 切迫した状況下で何を言っているんだと思うかもしれない。だが何処までも他者を思いやる気持ちがあるからこそ、ノインの琴線に触れたのも事実である。

 メアリーは顔を上げるとノインの瞳を見つめ返し、意を決して尋ねた。


「あの!私はメイドが何をするのかも分からなくて……、メイドとはどんな仕事をするのでしょうか?」

「そうですねぇ、掃除や洗濯は魔法があるから不要だし……。後はレオン様のお出迎えや、お食事の準備かしら?」

「え……、それだけですか?」

「それだけですね」


 メアリーは仕事の少なさにぽかんとしていた。

 食事なら野営の際に昔から何度も作っているから自信もある。

 先程出されたような食事はまだ作れないが、作り方さえ教えてもらえれば作ることもできるだろう。

 それに屋敷の人たちも優しそうな人たちばかり。ペットの魔物も見かけによらず人懐っこくて可愛いらしい。

 こうして考えると、これ以上ないくらいの好条件である。

 例え給金が安くてもここで働けたらどんなに幸せだろうか。

 メアリーは勢いよく椅子から立ち上がると、テーブルに頭を打つのではと思うほど深々と頭を下げた。


「このお屋敷で働かせてください!ご迷惑をかけなにように頑張りますから!」

「はい。これからよろしくお願いしますね。私はレオン様からメアリーちゃんのことを一任されています。この屋敷のことで分からないことや、困ったことがあったら私に聞いてください」


 メアリーは頭を上げると二つ返事で元気よく返した。

 その日は、昨日の今日で疲れもあるだろうからと、丸一日休むように言い渡された。

 与えられた部屋は三階にある東の角部屋、メアリーが目覚めた部屋である。

 メアリーは当然のように、こんな豪華な部屋は相応しくないと意を唱えたが、ノインによって敢え無く却下された。

 「これ以下の部屋はないから我慢してね」、ベッドの中でメアリーはノインの言葉を思い出す。

 ベッドに備え付けてある水晶に触れると、天井の明かりが一瞬で消え、また触れると明かりが灯る。

 こんなに凄い魔道具マジックアイテムが置かれている部屋が最低の部屋?メアリーの常識では考えられない。

 高級な宿屋でもランプやランタンが一般的なのに……。そんなことを思いながら、メアリーの意識は次第に遠のいていった。




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