メイド①

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、一組の男女が屋敷へ歩みを進めていた。

 子連れのため夫婦なのだろう。メアリーは男性の顔を見て、自分を助けてくれた冒険者だと直ぐに気付いた。と、同時に、助けてもらったお礼をまだ言っていないことを思い出す。

 ノインと見知らぬ執事が出迎えていることから、この屋敷は冒険者の住まいであることが覗える。

 程なくして男性が食堂に姿を現す。

 その後ろからノイン、執事、子連れの女性も姿を見せた。

 メアリーは緊張した面持ちで椅子から立ち上がり、冒険者の男に深々と頭を下げる。


「あ、あの、昨日は助けていただきありがとうございます」

「構わんとも。椅子に座って楽にしてくれ」


 メアリーがノインに視線を移すと、ノインは笑顔で小さく頷き返した。

 レオンとフィーアが椅子に座るのを見て、メアリーも椅子に腰を落とす。


「先ずは自己紹介をしよう。私の名はレオン・ガーデン、冒険者をしている。隣に座っているのは妻のフィーアと、その子供のバハムート。そして後ろに立っているのは、家令スチュワードのアハトにメイドのノインだ」

「メ、メアリーです。改めて助けていただきありがとうございます」

「そう畏まらなくてもよい。私はお前を家に返したいと思っている。心配している家族もいるだろうしな。もし家が遠いのであれば、私が家まで送ってやろう。勿論、他の街や国でも私が安全に送り届けることを約束する」


 メアリーは困ったように眉間に皺を寄せた。

 その様子にレオンの表情も僅かに曇る。


「有り難いお話しなのですが、私の家族はお父さんだけでした。二人で街から街を旅する行商人をしていましたから……」

「家はないということか?」


 レオンの問いにメアリーは申し訳なさそうに小さく頷いた。


「では身寄りはいないのか?祖父や祖母、親戚。若しくは父親が懇意にしている商人など、お前を引き取ってくれそうな人物に心当たりはないか?」

「身内は父だけで、親戚の話は聞いたことがありません。同じ商人と何度も取引をすることはなかったので、懇意にしている商人にも――」

「心当たりはないということだな」


 黙って頷くメアリーにレオンは頭を抱えたくなった。

 身寄りがいなければギルドが保護するだろうと思っていたのだが、そうではなかったからだ。

 メアリーも今後のことが不安なのだろう。暗い表情でずっと俯いている。

 レオンは小さく溜息を漏らすと重い口を開いた。


「私は先ほど冒険者ギルドで話を聞いてきた。もし身寄りがなければ、お前を冒険者ギルドに預けようと思っていたのだが、ギルドでは身柄の保護は行わないと言われた。一般的には教会に預けるらしいのだが――お勧めはできないな。教会に預けられた者は、その殆どが使い捨ての兵士として最前線に送られるか、若しくは慰安婦として働くか、そのどちらかだそうだ」


 レオンは話していて自分でもうんざりしていた。

 だが、教会や国を非難しようとは思わない。どんな世界にも必ず貧富の差はある。この国はその差が激しいだけでしかない。

 そして、それが国を維持するために最良であるなら仕方のないことなのかもしれない。

 全ての国民が幸せな国など絶対にありはしない。人の幸せとは得てして誰かの不幸の上に成り立っているのだから……


(弱者にはとことん厳しい世界だな……。でもそんな弱者がいるからこそ国が成り立つのかもしれない。誰が好き好んで戦争や魔物狩りの最前線を努めたいものか……。誰かに押し付けることができるなら、誰だってそうするに決まっている。もし、そんな弱者がいなくなったとしたら、嫌でも街や村から徴兵することになる。税を納めている街の人間、税を収めることができない人間、どちらか一つの命を犠牲にするなら答えは決まっている。そう考えるなら、この国のやっていることは正しいのかもしれない。綺麗事だけでは国の統治は出来ないはずだ)


 メアリーは悲痛な表情でギュッと拳を握り締めた。

 自分でも最悪の状況は既に予想していたのだろう。

 街に孤児として放り出されても、何れは教会の庇護下に置かれることになる。ならいっそ初めから、そう思わなくもないが、メアリーの心は揺らいでいた。

 これからの選択で自分の人生が大きく変わるのだ、簡単に決められるわけがない。

 住み込みで働ける場所を探せるなら問題はないが、今のメアリーには何の伝手つてもなかった。

 暗い表情のメアリーを見て、レオンは「あ!」と声を上げる。


「すまん言い忘れた。ここを出るときに金貨を100枚持たせる。それで暫くは何不自由なく暮らせるだろう」

「え?」


 メアリーは目を丸くする。

 暫くどころか一生遊んで暮らせる大金である。


「あ、あの、言っている意味が分からないのですが……」

「荷馬車に乗っていた積荷の分に決まっているだろう?持ち主が生きているのだから、その積荷を金貨で返すまでだ」


 メアリーは首を傾げる。

 運んでいた積荷は多く見積もっても金貨1枚にもならない。


「お言葉ですが、積荷の小麦は金貨1枚にもならないはずです。それなのに金貨を100枚も受け取れません」

「ふむ。なるほどな……」


 レオンは顎に手を当て少し考えると、振り返りノインに視線を移した。

 ノインはニコッと笑みを浮かべてレオンを見つめ返す。


「私が先程申し上げた通り、メアリーちゃんは素直な良い子です。ゆたんぽちゃんにも好かれております」

「そうらしいな。よいだろう、後のことはお前に任せる」

「畏まりました」


 レオンらは椅子から立ち上がると、ノインを残して食堂を後にした。

 残されたメアリーは訳も分からずぽかんとする。ノインはメアリーの正面に座ると満面の笑みで口を開いた。


「ようこそガーデン邸へ。メアリーちゃんは今日からこのお屋敷のメイドです」




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