盗賊③

 盗賊が森の中に入ってから既に半日は経つ。

 北の森はシェダの樹海に比べ魔物は少ないが、それでも危険がないわけではない。

 夜の帳が視界を遮る中、盗賊たちは速度を緩めながらも足を止めることはなかった。

 森に入ってからは迎えの盗賊と合流し、その数は既に三十八にまで膨れ上がっている。

 盗賊たちは魔物から身を守る護衛役、そして荷物を運ぶ運搬役に分かれて森の奥に進んでいた。

 ランタンで明かりを灯しての移動ではあるが、それでも夜の森を移動するなど正気の沙汰ではない。 

 レオンはサラマンダーに揺られながら、うんざりした気分でヒュンフの報告を待っていた。


(一体いつになったらねぐらに着くんだ?用心深いのは分かるが、既に森での移動だけで半日は経過している。まさかこのまま朝になるんじゃないだろうな?)


 そう思ったのも束の間、レオンは探知魔法で新たな人影を捉えた。

 頭の中に飛び込んできた反応は百を優に超えている。盗賊たちは明らかに、その場所へと近づいていた。

 程なくしてヒュンフからも報告が入る。


『レオン様、盗賊の塒を確認しました』

『やっとか、随分と長かったな』

『も、申し訳ございません!』

『お前の事を言っているのではない。謝罪は不要だ』

『は、はい』

『私も直ぐにそちらに向かう。逃げる盗賊がいたら殺しても――いや、盗賊と思しき男はすべて殺して構わん』

『畏まりました。レオン様がいらっしゃる前に全て処理しておきます』

『頼もしい限りだな。だが、姿は誰にも見せるなよ』

『はっ!』


 ヒュンフからの通話が切れるのと同時に、探知魔法で捉えていた生命反応が、一つまた一つと消えて行く。


(殺すの早いなぁ……。ヒュンフを待たせるのも悪いし、早速移動を開始するか)


「ゆたんぽ、このまま真っ直ぐ進め」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、草木を薙ぎ倒しながら移動を開始する。

 人間の歩みでは数時間掛かる深い森も、サラマンダーの足では僅か数分であった。

 盗賊が仕掛けた罠もサラマンダーの前では全てが無意味である。サラマンダーは罠があったことすら気付かずに盗賊の塒へと辿り着いた。

 僅かに開けた場所に大きな天幕が幾つも張られ、その中から微かに人の気配がする。

 レオンは残っている生命反応を見て顔を顰めた。


(生き残ってる人間が予想より多いな。全員攫われた女性なのか?)


「フィーア、お前はこの場で待機だ。バハムートの子守を頼む」

「畏まりました」


 レオンは眠っているバハムートをフィーアに預け、サラマンダーの背から飛び降りた。

 見張りの盗賊だろうか、周囲には倒れて動かない盗賊の姿もある。レオンが周囲を見渡していると、不意に暗闇の中から女性の姿が浮かび上がった。


「レオン様、お待ちしておりました」

「ヒュンフか、ご苦労だったな」

「生きている者は全て麻痺させて動けないようにしております」

「そうか、お前の姿は見られていないな?」

「はい」

「うむ。お前は周囲を警戒しろ。私は攫われた人間から話を聞いてくる」

「はっ!」


 ヒュンフが再び暗闇の中に消えていくのを見て、レオンは近くの天幕に足を踏み入れた。

 その中で倒れている人間を見てレオンは目を丸くする。


(子供?それにお腹の大きい女性、妊娠しているのか?)


 子供の数は全部で四人もいた。一番大きな子供は八歳前後だろうか、レオンを射殺さんばかりに鋭く睨みつけている。

 レオンは小さくため息を漏らすと、妊娠している女性に視線を向けた。


「私は冒険者だ。盗賊は全員殺したから安心しろ。少し話を聞かせてくれないか?」

「…………」


 女性は何かを話そうとするも口が動かずに言葉が出ない。

 小刻みに震える唇を見てレオンが女性に手を翳した。


「そうか、麻痺を治さなくては話すこともできないな。[麻痺回復キュアパラライズ]」


 女性は自分の手足が動かせるようになると、体の感覚を確かめるように立ち上がった。

 体が問題なく動くと知るや、レオンに向き直り笑みを浮かべた。


「助けに来てくれたんですか?」

「そうだ。お前も攫われたのか?」


 女性は頷きレオンに抱きつきながら涙ながらに訴えた。


「もう何年も前になります。逆らったら殺すと脅され、それからは怖くていいなりに――」

「ふむ……。どうでもよいが、そんなものでは私は殺せないぞ?」


 その言葉に女性は瞳を見開きギョロッとレオンのことを見上げた。

 何処に持っていたのか、女性の手にはいつの間にかナイフが握られ、背後からレオンの首筋に突き立てていた。

 だがナイフが刺さらないと知ると、女性は妊婦とは思えない動きで後ろに飛び跳ね、今度は全体重を乗せて突進してきた。

 両手でナイフをしっかりと握り、前に突き出してレオンの命を奪わんとしている。


「死ねぇええええ!!」


 叫び声と共にナイフがレオンの心臓を捉え――硬質な音が鳴り響いた。

 ナイフは障壁に阻まれレオンに突き刺さることなく、その手前でピタリと止まっている。

 女性が驚く中、レオンは悠然とナイフを指で摘み、そのまま奪い取って外に投げ飛ばした。

 天幕を突き破り外に消えるナイフを見て、女性が憎々気にレオンを睨む。


「何なんだいお前は……」

「先程も言ったが冒険者だ。お前も盗賊の仲間なのか?」

「私もさっき言ったろ?もう何年も前に攫われてきたんだよ」

「だが今は盗賊の仲間ではないのか?そうでなければ私を襲う道理がない」

「あんたに何が分かる!!男達にいいように抱かれて、それでも生きるためには言うことを聞くしかなかったんだよ!」

「では何故、私を殺そうとした?助けを求めるのが普通だろ?」

「助けに来るのが遅いんだよ!せめて子供が出来る前に助けてくれたら私だって……」


 女性は声を詰まらせ子供たちに視線を移す。

 僅かに女性の顔は緩み、暖かい眼差しを子供たちに向けている。そこには一人の母親としての顔があった。


「全員お前の子供か?」

「ああ、そうだよ。父親は誰か分かんないけどね」

「子供を守るために私を殺そうとしたのか?」

「そうだよ!国は盗賊の子供にも容赦ないからね。酷い時には見せしめに公開処刑だってする」


(子供が盗賊になるのを見越してか、それとも親の敵とばかりに国に仇名すことを恐れてか。きっと見せしめ以外にも理由はあるんだろうな……)


「だがお前は別だろ?攫われて無理やり抱かれたのだから罪はないはずだ」

「ふん!私にはもうこの子たちしかいないんだよ!この子たちを生かすためならなんでもやってやるさ!!」


 女性が今も酷い環境にあるのは身に着けている衣服を見ればわかる。

 所々がほつれて穴の空いた見窄らしい姿。そんな境遇に置かれながらも、子供のことを想い続けて生きている。

 いや、子供のことを想い続けていたからこそ、生きていられたのかもしれない。

 それが如何に大変なことだろうか。彼女はどれだけの苦痛と恥辱にまみれながら生きて来たのだろう。

 考えれば考えるほどレオンの表情は曇っていった。


(子供のためか。母親は強いな……)


「そうか、ずっと母親として頑張ってきたのだな」


 レオンの言葉に女性の瞳に涙が浮かび上がる。

 そう頑張ってきた。殴られても嫌なことがあっても、子供を守る一心で必死に耐えてきた。

 辛いことしかないはずの生活の中で、子供の顔を見ている時だけは不思議と幸せだった。

 子供のために生きようと決心してからは、僅かではあるが幸せな時間も過ごせた。

 攫われてからの日々が、女性の脳裏を走馬灯のように駆け巡った。

 必死に涙を堪える女性を、レオンは悲しげな瞳で見つめ返す。


「もう頑張る必要はない。子供と一緒に永久の眠りに入ろう」


 女性の瞳から溢れ出る涙を見て、レオンは静かに魔法を発動させた。










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