盗賊②
サラマンダーは西の街道を真っ直ぐに突き進む。
もしかしたら、はしゃぎすぎて疲れたのかもしれない。
サラマンダーもバハムートのことが気になるのだろう。速度を落として振動を与えないように気遣っている。
移動速度を落としたことにより、正面から受ける風も自然と穏やかなものに変わっていた。
太陽の暖かな光に穏やかな風、そして僅かに熱を帯びたサラマンダーの体。
眠るには十分すぎる条件が揃っている。
(ずっとはしゃいでたから疲れたんだな。起こすのも悪いし、このまま暫く眠らせておくか……)
レオンが微笑ましくバハムートを眺めていると、その視線の遥か先に、大勢の人が集まっているのが見えた。
恐らく旅人であろう。サラマンダーを見て即座に馬車の影に隠れるも、上に乗るレオンの姿を確認すると、一人また一人と馬車の影から顔を覗かせていた。
レオンが手を振るのを見て安心したのか、手を振り返して笑みを見せる。
サラマンダーが近づくと、一人の男が驚いたように口を開いた。
「冒険者かい?凄い騎乗魔獣だね?」
「うむ。私の自慢の騎乗魔獣だからな。それよりも、街道の真ん中で何かあったのか?」
その声を聞いて、旅人と思しき人々は悲痛な表情で馬車を見つめる。
レオンも馬車に視線を移すと、馬車の幌は無残にも破られているのが見て取れた。
幌についている刀傷をみて、レオンは「なるほどな」と納得をする。
「盗賊に襲われたのだな?」
「はい。どうやらそのようです」
他人事のような男の返答に、レオンは「ん?」と首を傾げた。
「お前たちが襲われたのではないのか?」
「いえ、私たちは
レオンがサラマンダーを馬車の横に着けると、射殺された馬と、斬り殺された男の姿が視界に入った。
馬車の荷も殆どない。恐らく盗賊が持ち去ったのだろう。もし、荷馬車一杯に荷物が積まれていたなら、それを持ち運ぶには相当な人数を要することになる。
馬車の様子を覗うレオンが気になるのだろう。サラマンダーとレオンを交互に見ては、数人の男たちが目配せをしていた。
「あの、もしかしてレオン・ガーデンさんですか?」
「ん?その通りだが、私のことを知っているのか?」
レオンの言葉に周囲から「おお!」という歓声が上がった。
獣人騒ぎでサラマンダーは勿論のこと、レオンの名も既に知れ渡っている。旅人たちは英雄を見るようにレオンに熱い眼差しを送っていた。
「そりゃ勿論ですとも。巨大なサラマンダーで獣人を退けたと、街中がその噂で持ちきりです」
「そうか……」
周囲から浴びせられる羨望の眼差しに、レオンは少し照れくさそうに顔を背けた。
だが、今は何よりも盗賊の所在を掴むことが優先される。レオンは気を引き締めなおすと、真剣な面持ちで本題に入った。
「それよりも、この馬車は襲われてから時間は経っていないはずだ。誰か盗賊らしき人物とすれ違いになっていないのか?」
遺体に付着している血は僅かに乾いているだけ、レオンは殺されてから間もないのではと予想していた。
集まっている旅人の考えも同じらしく、誰もレオンの言葉に反論する者はいない。
「盗賊が堂々と街道を通るとは思えません。ほら、街道の脇の草が押し倒されているでしょう?恐らくそこから移動してきたんだと思いますよ」
男の指し示す方に視線を移すと、確かに草むらは踏み倒され、何かが通った痕跡が見て取れた。
よく見れば、倒れた草むらは一つや二つではない。広範囲に渡って
横からでは見えない場所も、サラマンダーの高い場所からでは、はっきりと見える。
草むらに隠れて馬を射殺した後、四方八方から馬車を襲ったのだろう。
これでは逃げ道など何処にもない。
「なるほど。私はちょうど盗賊の討伐を行っているところだ。私はこのまま盗賊の痕跡を追う。誰かこの中にメチルの街に行く者がいたら、盗賊が出たことを衛兵やギルドに伝えて欲しい」
「なら俺が伝えておきます。ちょうど今から向かうところですから」
「では頼む。遺体をこのままにしておくわけにもいかないだろうからな」
レオンは銀貨を1枚取り出し男に投げ渡した。
男は覚束無い手でそれを掴み取るとレオンに視線を移す。
「任せて下さい。必ず伝えます」
レオンは頷き返すと草原の中にサラマンダーを進めた。
一本の筋のように、僅かに草が押し倒されている場所を、サラマンダーの巨体が大きく広げて踏み固める。
だがしばらく進むと草原はなくなり、乾いた荒野が姿を現す。
同時に盗賊の痕跡も途絶えていた。
盗賊も命懸け、当然痕跡を消すこともしっかりと考えてある。簡単に後を追えるなら誰も苦労はしないだろう。
レオンは荒野を見渡しほくそ笑む。
(そう簡単に尻尾は掴ませないか。だが――探知魔法で丸見えだ。さっきまでは確信がなかったが、この遠ざかっていく反応がそうに違いない。森に向かっているし間違いないだろ。念のためヒュンフを先行させて確認をとるか)
『ヒュンフ、森に向かっている一団を捉えているか?』
『はっ!確認しております』
『先行して状況を確認しろ』
『畏まりました』
レオンの影がゆらっと揺れ動くと、すっと何かが移動していった。
「さて、森に入る前にバハムートを傍に置いておくか。怪我でもされたら敵わんからな。
バハムートは目をパチっと開いた。
寝ぼけているのだろう。目をゴシゴシ擦って上体を起こすと、周囲をキョロキョロと見渡して首を傾げている。
その可愛いらしい仕草に思わずレオンの表情も緩む。
(おお、寝ぼけてる)
「バハムートこっちだ」
レオンが両手を広げると、バハムートはサラマンダーの上をトコトコ駆け足でやってくる。
そのままレオンの胸にダイブすると、抱っこするようにガシッと掴まった。
(世の中にこんなに可愛い生き物がいたとは。これを量産できたらなぁ……)
レオンが阿呆なことを考えていると、不意にヒュンフからの連絡が飛び込んできた。
『レオン様、盗賊の一団を確認しました』
『うむ。どんな感じだ?』
『数は十八名、馬車に積んであった荷物を担いで運んでおります』
『それはまたご苦労なことだな。他には何もないのか?』
『他に女性を一人攫っております』
『ほう、女性か。この世界では珍しくはないだろ。人攫いの話はこれまでに何度も聞いていたからな』
『皆殺しにいたしますか?』
『まぁ待て。
『畏まりました』
レオンは通話を切ると、しがみつくバハムートに視線を落とす。
元はドラゴンとは言え今は人間の姿である。流石に人間の性行為を見せるわけにはいかない。
(人間の繁殖行為を見せるのは情操教育に良くないな。盗賊が女性に手を出す前に、塒を見つけたら盗賊は真っ先に殺すか)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます