盗賊①

 早朝の冒険者ギルドでレオンは頭を悩ませていた。

 掲示板で依頼書と向き合うも、これといった依頼が見当たらない。

 魔物の討伐依頼は時間は掛からないだろうが、魔物の解体という難度の高い作業が待っている。

 尤も、やってやれないことはないだろう。レオンの本音は、血塗ちまみれになって解体をするのは汚いというものであった。

 従者にもそんなことはさせたくないため、レオンは魔物の討伐依頼からそっと目を逸らす。


(魔物の討伐は却下として。商隊の護衛も日数が掛かるから無理だな。あとは薬草の採取か。この世界の薬草なんて分からないし、自生している場所を探すのも大変そうだ。街中での依頼だと荷揚げや荷下ろし……、流石にその選択はないな。異世界に来てまで誰かにこき使われるのは勘弁だ。あと目星めぼしいのは盗賊の討伐だが――)


 レオンは盗賊討伐の依頼書を剥ぎ取りカウンターの上に置いた。

 置かれた依頼書を見てニナが首を傾げる。いつも依頼を受けないレオンが、依頼書を持ってくるのが不思議でならないといった面持ちであった。

 もはやレオンのことをギルドの置物と勘違いしているのかもしれない。そんな有り得ないことを思ってしまうほど、これまでのレオンは奇異の目で見られていた。


「おはようございますレオンさん。まさか依頼を受けられるんですか?」

「その前に少し聞きたい。この盗賊討伐とは、盗賊を皆殺しにするだけでよいのか?」

「基本的にはその通りです。殺さず生け捕りにしても構いません」

「ふむ。では皆殺しにしたとして、それをどうやって証明する?首でも持ってくるのか?」

「討伐後、ねぐらの詳細な場所を教えてください。後日、専門のギルド職員が確認にまいります」

「それは楽でよいな。殺すだけなら直ぐに終わる」


 簡単そうに告げるレオンの言葉を聞いて、ニナはどうしたものかと眉間に皺を寄せた。

 盗賊の討伐はそう簡単なものではない。塒を見つけること自体が難しい上、中には定期的に移動を繰り返し、所在を掴ませない盗賊団もある。

 酷い時には貴族が囲っている場合もあるため、容易に手出しができないこともあったりする。

 レオンの持ってきた依頼書は、所在不明、何処にいるかも分からない盗賊団の討伐依頼であった。

 本来このような依頼は複数のパーティーで行われる。商隊に扮して各地を回り、盗賊を誘き寄せて確保する。その後、塒の場所を聞き出して一網打尽にするのだが……


「あのレオンさん、もしかして奥様とお二人で、この依頼を受けるおつもりですか?」

「安心しろ。ゆたんぽも一緒だ。盗賊は全てゆたんぽが始末する」


 ニナの眉間の皺が更に深くなる。

 確かにそれなら安全だろう。なにせ獣人の部隊を皆殺しにする騎乗魔獣である。

 しかし、それでは盗賊が恐れて出てこないのでは?と、ニナは疑問に思っていた。


「レオンさん、盗賊の塒をどうやって探すおつもりでしょうか?」

「ん?山や林を適当に散策していれば見つかるだろ?」

「え……、いや、それは無理があるのではないでしょうか?」

「私の運の高さは折り紙付きだ。問題はない」


 ニナの表情は更に暗くなる。

 運で盗賊のねぐらが見つかるほど甘くはない。盗賊が塒にするのは大抵が深い森の中、何の手掛かりもなしに探すとなると、膨大な時間を費やすのは明白であった。


「運でどうにかなることではないと思うのですが……」

「そうか?それよりも盗賊を討伐した場合、盗賊の持ち物はどうなる?持ち主に返されるのか?」

「それは討伐した冒険者の物になります」


 自分の物になると聞いて、レオンの表情が僅かに綻んだ。


(おお、それはいいな。盗賊なら何か珍しいアイテムを持っているかもしれない)


「ほう。至れり尽くせりだな。こんなに美味しい依頼を誰も受けないとは」

「盗賊の規模は出会ってからでしか分かりませんから。中には千人に及ぶ盗賊団もございます。大きな危険が伴う上、盗賊を見つけられる保証もございません。不確定な要素が多いため、受ける冒険者はまずおりません」

「では盗賊は野放しなのか?随分と酷い国だな」

「いえ、国の軍隊が商隊に扮して盗賊狩りを行っています。ですが、全てに手が行き届かないのが現状です」

「なるほど。まぁ、どうでもよいか。ニナ、この依頼を受ける。手続きを頼む」

「ほ、本当に受けられるのですか?」

「うむ。早くしろ。時間が勿体無いではないか」

「は、はい。少々お待ちください」


 ニナは仕方ないかと手続きを進めていった。

 この手の依頼は殆どが途中で破棄される。何も知らない駆け出し冒険者には極希にあること。

 今回もそうなるだろうと、ニナは少し申し訳なさそうにレオンの後ろ姿を見送っていた。


 レオンは一度屋敷に戻り、サラマンダーを引き連れ街を出た。

 サラマンダーの頭の上にはバハムートが乗ってはしゃいでいる。その楽しそうな様子にフィーアの視線が鋭くなる。


「レオン様、あのような我が儘をお許しになってよろしいのですか?レオン様が屋敷での留守を命じたにも関わらず、それを聞かずに勝手に付いてくるなど許しがたい行為です」


 レオンは背後から聞こえる声に苦笑いを浮かべた。

 バハムートは連れてくるつもりではなかったのだが、駄々をこねられ結局は連れてくる羽目になった。

 そのことにフィーアは憤慨しているのである。


(バハムートに泣き付かれると断れないんだよなぁ……。まぁ、フィーアが定期的に守りの魔法を掛けてるから大丈夫だろ)


「最終的に私が許したのだ。つまらんことを蒸し返すな。それより、振り落とされないように、しっかりと掴まっていろ。この鞍の乗り心地は悪くはないが、ゆたんぽの移動速度が思ったよりも早い」

「畏まりました」


 フィーアは頷き返すと、役得とばかりにレオンにギュッとしがみついていた。

 今までサラマンダーには鞍を付けていなかったのだが、騎乗魔獣ということもあり、鞍は必要だろうとレオンは前々から鞍を作らせていた。

 初めてサラマンダーの上に乗るレオンたちであったが、その乗り心地は中々のものである。大きく揺れることもないため馬よりも快適であった。

 レオンとフィーアは盗賊の塒を探すため、サラマンダーに跨り街道をひた走っていた。

 勿論、魔法での索敵も忘れてはいない。

 レオンは前方のバハムートを見て、困ったものだと眉尻を下げた。

 どうやらバハムートは、サラマンダーの頭の上がお気に入りらしい。

 サラマンダーの頭部には鞍も付いていないというのに、バハムートは器用にバランスを取りながらはしゃいでいた。

 恐らくスピード感が堪らないのだろう。風を受けるように両手を上げては、はしゃぎ声を上げている。尤も、はしゃぎ声も「むぅ!」なので、何を言っているのかは分からない。

 時折バハムートの体が揺れると、サラマンダーは首を上下左右に振り、上手くバランスをとっていた。

 こうして見ると、仲の良い兄妹のようにさえ思えてくるから不思議である。

 二匹の仲睦まじい姿を見ながら、レオンは何処に向かうか思い悩んでいた。


(さて、どの方角に向かうかだが……。南にあるジェダの樹海は魔物の巣窟、とても盗賊が潜める場所じゃない。北は獣人騒ぎで兵士が集まっている。向かうとしたら東か西のどちらかだが――先ずは西から攻めてみるか。西には王都もあるし、盗賊もいるに違いないだろ……)


 レオンが指示を与えると、サラマンダーは進路を西に舵を切った。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る