レオンの贈り物はミハイルらに大いに喜ばれた。

 もはやコボルトは、アイテムの性能を確かめるための実験動物モルモットである。為す術なく一方的に狩られていったのは言うまでもない。

 今はコボルトの討伐を終えて、冒険者ギルドで手続きを行っている真っ最中であった。

 レオンはベティが持つ革袋の中身を思い出し、思わず顔を顰めていた。


「まさかコボルトの毛皮を剥いで持ってくるとは……」


 レオンの独り言にミハイルが苦笑する。


「毛皮はコボルト討伐の証になるんです。それに、これから次第に寒くなってきます。この時期は毛皮が高値で取引されるため、その分報酬も上乗せされるんですよ」


 返答を求めて呟いたわけではなかったが、ミハイルの言葉にレオンは無言で頷き返した。


(なるほど、時期によっては討伐報酬も変わったりするのか。でも、魔物を解体するのは汚くて嫌だな……)


 ベティは毛皮の入った革袋を、カウンターの上にドカッっと置いた。

 袋は動物の革で出来ており、極力匂いは漏れないように加工されている。受付嬢はそれを持って地下の階段へと降りていった。

 レオンはそれを見て首を傾げる。

 今まで冒険者ギルドには何度も来ていたが、初めて見る光景であった。


「ミハイル、ギルドの地下には何かあるのか?」


 隣のミハイルに尋ねると、ミハイルは驚いたように声を詰まらせた。


「え…、レオンさん知らないんですか?普通は何度か依頼をこなしていると、自然と分かるんですが……」

「私が受けた以来は最初のドラゴン討伐だけだ。それ以外は全てお前の手伝いでしかない」

「そ、そうなんですね……。ギルドの地下には魔物の素材が運び込まれるんです。そこで素材の量や質を調べ、相応の報酬を貰うことができます」

「魔物を倒すだけでは駄目なのか?」

「え?いや、それだと魔物を倒した証拠がありませんし、魔物を倒しただけではお金になりません。魔物の素材を買い取る形で報酬を貰うことができるんです。尤も、中にはドラゴン討伐のように、素材と関係なく報酬が貰える場合もありますけど」

「そうか……」


(冒険者ギルドも営利団体ということか。まぁ、運営資金も掛かるだろうし、普通に考えたら当然だよな。ゲームなら魔物を倒した時点で依頼完了なんだが――現実では魔物の解体は必須か……。討伐依頼は絶対に避けないといけないな)


「どうやら手続きが終わったようですね」


 ミハイルの言葉にカウンターに視線を移すと、受付嬢がベティに銀貨を渡していた。

 レオンは渡された銀貨の枚数に目を細める。


(銀貨2枚?やっすいなぁ……。この冒険者ギルド、ぼったくってんじゃないだろうな?)


 報酬を受け取り部屋の片隅に移動すると、ベティがミハイルに銀貨を手渡し、少し残念そうに肩を竦めた。


「はいよミハイル。毛皮の枚数は多かったんだが、状態が悪くて銀貨2枚にしかならなかったよ」

「構いませんよ」

「ごめんなさい、私のせいだよね。今度からコボルト討伐の時は普通の弓を使うね。レオンさんから貰った弓だと、毛皮が半分以上消し飛んじゃうから……」

「シェリーも気にしないで」


(どうやら俺が原因らしい……。贈り物を間違えたかな?)


 レオンがミハイルたちを眺めていると、ミハイルが振り返りレオンに笑顔を向けてきた。

 差し出したその手には銀貨が1枚乗せられている。


「報酬は銀貨2枚でしたので、1枚はレオンさんの取り分ですよ」

「私は何もしていない。貰うわけにはいかないな」

「レオンさんの指示した場所にはコボルトの群れがいましたから。恐らく何らかの魔法で調べたんですよね?何もしていないわけではありませんよ」

「……分かった。これは貰っておこう。それと――」

「分かっています。僕らは誰にも、何も言いません」


 全てを見透かしたかのようなミハイルの言葉に、レオンは言葉もなく、首を縦に振ることしか出来なかった。

 そんなやり取りをしていると、不意に懐かしい声が遠くから聞こえてくる。

 陽気で軽薄な声の主は、レオンたちを見つけると直ぐに駆け寄ってきた。


「フィーアちゃん久し振り。俺がいない間寂しくなかった?今度一緒に食事でもしない?」

「……また殴られたいんですか?」

「い、嫌だなぁ、ちょっとした冗談だよ」


 フィーアの冷ややかな視線に、ベイクの足はレオンへと向いた。


「ついでにレオンも久し振り。元気にしてたか?」


(俺はフィーアのおまけかよ!)


「随分と長い間姿を見なかったが、ベイクは何をしていたのだ?」

「国の西側まで商隊の護衛だよ。途中で盗賊どもに襲われるし、まったく散々な依頼だったぜ。そういやお前のことは聞いたぞ?何でもお前のサラマンダーが、獣人の部隊を壊滅させたそうじゃないか。国中で噂になってたぞ?」


(国中で噂か……。なんとなく予想はしていたが、こればかりは仕方ない。俺の力は知らないだろうが、ゆたんぽが有名になりすぎた。これだけ目立っていれば、近くのプレイヤーが接触してもおかしくないんだが――この分だと、近くにプレイヤーはいないのかもしれないな……)


「まったく迷惑なことだ。目立たぬようにひっそりと暮らしているというのに……」


 レオンの言葉を聞いて、ミハイルは苦笑いを浮かべていた。


「それでなくてもレオンさんは目立ちますからね」

「ん?どういうことだ?」

「いつも依頼を受けずにギルドの片隅で佇んでいますから。自然と人目は引きますよ」


(え?……そうか、言われてみれば確かにそうだ。依頼も受けず、毎日ギルドの隅で立っていたら逆に気になる)


 ベイクもレオンの行動が不思議でならないのだろう。いぶかしげにレオンに尋ねた。


「なんだそりゃ?レオンは依頼を受けずに冒険者ギルドで突っ立てるのか?意味が分かんねぇよ」


(ですよねぇ……。失敗だ、面倒だが今度からは依頼を受けるか……。しかし、これからどうするかだな。国中で噂ともなると、もう今までのように隠れてコソコソとはいかない。逆に注目を集めてプレイヤーを誘き寄せる手もあるが――いや、もうそれしかないか……。今更隠れても遅いだろうし、姿を魔法で偽るのはプレイヤーだと教えているようなものだ。俺は有名なプレイヤーじゃないから顔は知られていない。プレイヤーとは直ぐには分からないはず、その間に近づくプレイヤーを見つけ出せばいいだけの話だ)


 黙って考え事をするレオンにベイクが何度も声を掛けていた。

 次第にその声はレオンの耳にも鮮明に飛び込んでくる。


「――聞いてるのか?おいレオン?」

「ん?ああ、すまん。少し考え事をしていた」

「ったくなんだよ。心配させんなよ」

「いや、確かにベイクの言う通りだと思ってな。今度からは依頼を受けようと考えていたところだ」

「そりゃ何よりだね。でもサラマンダーが強いからって無理な依頼は受けるなよ。お前はまだ駆け出しの冒険者なんだからな」

「そうだな。さて、今日はもう帰るとするか」

「おお、気をつけて帰れよ。フィーアちゃんに何かあったら承知しねぇからな」

「レオンさん、今日はありがとうございました。帰りは十分お気を付けて」


 レオンはベイクとミハイルの言葉に頷き返すと、踵を返して冒険者ギルドを後にした。

 レオンが立ち去った後の冒険者ギルドでは、ベイクが訝しげに口を開いていた。


「なぁ、ミハイル。レオンは子守の仕事でも始めたのか?」

「何のことです?」

「いや、レオンに引っ付いてた子供がいただろ?」

「ああ、あの子はレオンさんとフィーアさんの子供ですよ?」 

「……はぁ?フィーアちゃん子供いたの?」

「ええ、そうですが……。何を項垂うなだれているんですか?」

「いや、そうか、子供がいたのか……。フィーアちゃんのことは諦めるしかないか……」

「本気で狙っていたんですか?レオンさんに殺されますよ?」

「そんくらいフィーアちゃんは好みだったんだよ。はぁ……、早く新しい恋を見つけないとな」


 ベイクはちらりとシェリーとウィズに視線を移す。

 こうして改めて見ると二人とも美人である。ベイクは意を決したように、ニカッと白い歯を見せると、今度一緒に食事でも?と、二人を同時に誘っていた。

 その行動にミハイルたちはドン引きである。

 シェリーとウィズがゴミを見るような目で遠ざかっていくのを見て、ベイクは肩を落とし仲間の元へと去っていった。

 暫くして、ベイクの立ち去った方向から大声が聞こえてくる。

 「恥知らず!」「女ったらし!」、誰かをののしる声が冒険者ギルドに響き渡っていた。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「僕、有名になってるのか。なんか照れるなぁ~」

粗茶 「既にグッズの販売も決まってるよ。良かったなトカゲ」

サラマンダー 「ほんとに?」

粗茶 「モモ、タン、ハラミ、バラ、ホルモン、サーロイン、色々揃ってるからな」

サラマンダー 「ギャァ━━━━(艸゚Д゚ll)━━━━ァァ!!」




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