社会勉強②

 繁華街を通り屋敷に戻る途中、不意にバハムートが声を上げて屋台を指差した。

 其処にあったには串肉を売っている屋台。レオンは以前食べた苦い思い出を忘れてはいない。自然と眉間に皺が寄る。

 フィーアも以前食べた時のことを思い出したのだろう。隣を見れば同じように眉間に皺を寄せていた。

 レオンは屋台を無視して通り過ぎるも、バハムートのお腹の鳴る音が耳に飛び込んでくる。


(忘れてた。バハムートには食事が必要だった。こいうところが面倒なんだよな……。だからと言って、愚者の指輪リング・オブ・フールを装備させるわけにもいかない。バハムートはまだ赤ん坊、食事や排泄、睡眠も教育の一環として必要だ。何気ない普段の生活から知識を蓄えるのも重要だからな)


 レオンに絶対服上の従者と違い、ペットたちは生まれたての赤ん坊と同じであった。

 基本的には親とも言うべきレオンの言葉に従うのだが、それでも絶対ではない。

 ペットにより個性もあるため、中には甘えん坊な子や、言うことを聞かない子もいたりする。

 ゲームの中では姿の変わらないペットであるが、この世界では何故か成長するため大変であった。

 レオンは以前、年齢操作エイジコントロールの魔法でペットの年齢を強制的に引き上げたことがある。

 だが、図体が大きくなるだけで思考は赤ん坊のまま、じゃれついてくるだけでも大惨事であった。

 それ以来、ペットは自然に育てるのが一番と、魔法による飼育などは一切行っていない。

 勿論、悪さをすれば叱りもするが、そこら辺のことは全て従者に丸投げである。


 バハムートは屋台を指差し、口元からよだれを垂らして串肉を見つめていた。


「バハムート、あの肉が食べたいのか?」

「むぅむぅ」


 余程食べたいのだろう。バハムートは串肉を指差しながらブンブン首を縦に振る。


(あの肉は不味いんだが、まぁこれも勉強か……)


 レオンは屋台で串肉を一本買うと、バハムートの小さな手に持たせた。

 肉の塊は小さな口に不釣り合いなほど大きいが、バハムートはお構いなしに、口を大きく開けて齧り付いた。

 肉を口いっぱいに頬張り、バハムートは瞳を輝かせる。

 口の中が空になると、直ぐに次の肉を口に運んでいた。その見事な食べっぷりに、レオンは唯々ただただ感心するばかりである。


「美味しいのか?」

「むぅ!」


 レオンの言葉にバハムートは満面の笑顔で答える。

 余程美味しいのか、肉を運ぶ手が止まらず瞬く間に完食してしまった。

 小さな体では串肉一本でお腹いっぱいなのだろう。バハムートは小さく「けぷっ」と息を吐き出すと、手に串を持ったままウトウトしている。

 レオンの腕の中で眠そうに瞳を細め、遂には可愛いらしい寝息を立て始めた。


(バハムートはこの肉が好きなんだな……。急いで食べるから、口の周りが油まみれだぞ?まったく仕方のない奴だ――)


 レオンはバハムートが持っている串を回収して洗浄ウォッシュの魔法を唱えた。

 綺麗になったバハムートを見て満足するとフィーアに視線を向ける。


「さて、帰るとするか」

「はい」


 笑顔で頷き返すフィーアと共に、レオンは屋敷へと帰っていった。


 それからは同じ日々を繰り返す毎日であった。

 一週間も経つ頃にはバハムートも冒険者ギルドに馴染み、誰も奇異の目を向ける者はいなくなる。

 カウンターの上に座るバハムートに、エミーがにへら笑いを浮かべていた。


「むぅちゃんは相変わらず可愛いですねぇ~」

「むぅ」


 エミーに答えるようにバハムートが手を伸ばすと、エミーの顔はますます綻んでいった。

 同僚の締まりのない顔に、隣に座るニナが呆れて口を開いた。


「ちょっとエミー、カウンターの上に子供を座らせるのはどうかと思うわよ?」

「昼は別にいいでしょ?どうせ冒険者なんていないんだから」

「いやいや、レオンさんがいるでしょ?」


 ニナの視線の先には、掲示板で依頼を眺めるレオンとフィーアの姿があった。

 バハムートがいるのだから、二人がいるのも当然である。ニナの言葉にエミーはそんなことかと悪びれた様子もない。


「レオンさんはいいのよ。いつも依頼を眺めるだけで受けないんだから。それにニナだっていつもカウンターに突っ伏して寝てるじゃない。最近はレオンさんがいても当たり前のように寝てるし」


 ニナも自分のことを言われては返す言葉もない。

 他の同僚たちがそんな二人に呆れていると、「バンッ」と勢いよく扉が開け放たれた。

 突然聞こえた大きな音に、受付嬢たちは一瞬ビクッと体を震わせる。

 真っ先に入ってきたのは筋肉隆々の見覚えのある女性。レオンはその人物をみるや声を掛けた。


「どうしたベティ。随分と荒れているな」


 ベティは掲示板の前に佇むレオンに近づき、怒りをぶつける様に声を荒らげる。


「どうしたもこうしたもあるか!この国の馬鹿貴族ども、攫われた村人は助けないだとよ!国王も貴族の意見に同意だそうだ!巫山戯ふざけやがって!国民の命を見捨てんのかよ!!」

「まぁ、仕方ないだろうな。助けに行けば更に被害は拡大する。しかも、助けられる保証はどこにもない」

「お前なら……」


 ベティは恨めしそうにレオンを見つめる。

 その瞳は、お前なら助けられるだろうと強く訴えていた。

 レオンとて獣人に対して良い感情は持ちあわせていない。それでも村人を助ける気は更々さらさらなかった。

 それには目立ちたくないと言う理由の他に、もしかしたら他のプレイヤーが動くのではと期待感もあったからだ。

 レオンにとってはまたとない千載一遇のチャンス、静観するに決まっている。

 後から入ってきたミハイルらも、ベティと気持ちは同じなのかもしれない。レオンに視線を向けては何かを言いたそうにしていた。

 レオンも襲われた村の今後は気になる。興奮気味のベティを避け、冷静なミハイルに視線を移した。


「ミハイル、襲われた村が今後どうなるか知っているか?」

「畑の収穫もあるので、暫くは兵士を駐屯させるそうです。収穫が終わってから、新たな村人を募集すると聞きました。その後は兵士も引き上げるようですが……」

「結局、以前と変わらぬ状態に戻るのか」

「兵士の数も限られています。新たに兵士を雇う予算もないのかもしれません。後は村で自警団を作るしかないでしょうね」


 表情を曇らせるミハイルに、レオンは「そうか……」としか言えなかった。


「レオンさん、僕らは追加報酬の件でギルドマスターに呼ばれています。レオンさんもご一緒しませんか?」


(ギルドマスターか……。会っても碌な事がなさそうだ。ミハイルに任せておけば問題はないだろ)


「……いや、遠慮しておこう」

「そうですか――では戻ってきたらお伝えします。少しここで待っていてください」

「了解した」


 レオンが頷き返すとミハイルらは二階へと姿を消していった。


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