ギルドマスター

 冒険者ギルド四階の一室。

 ミハイルはその扉の前で憂鬱な気分で佇んでいた。

 案内の女性はその様子に仕方ないだろうと苦笑している。

 扉の先に待っているのは、この冒険者ギルドのギルドマスター。かつては名声を轟かせていた名うての魔術師である。

 ミハイルもこの部屋には幾度となく足を踏み入れたが、未だに自分を子供扱いするギルドマスターには慣れなかった。

 尤も、部屋に入りたくない理由は他にもあるのだが……

 気持ちの整理もつかぬまま、無常にも部屋の扉が叩かれた。


「ミハイルさんたちをお連れしました」


 暫くすると扉が僅かに開けられ、その隙間から三十代後半と思しき長身の男が顔を覗かせた。

 漆黒の長髪をした男性は、切れ長の鋭い瞳で見下ろすようにミハイルらを注視する。

 その様子に相変わらずかと、ミハイルは心の内で苦笑した。


「お久し振りですディックさん。相変わらず用心深いですね」


 ディックと呼ばれた男性はミハイルらの確認を終えると、ゆっくりと扉を開いた。

 するとディックの小枝のように細い体があらわになる。いや、実際はそれ程細くはない。長身の体が細く見せているだけにすぎなかった。

 骸骨のような痩せこけた顔も相まって、ディックの外見は不気味な様相を醸し出している。


「お待ちしておりました皆様。どうぞお通りください」


 ディックに促され部屋に足を踏み入れると、そこはに冒険者ギルドとは思えない不気味な空間が広がっていた。

 壁際に置かれた棚には、瓶に入れられたトカゲや魔物の臓物が所狭しと並べられ、水晶玉やねじくれた杖など、数々の魔道具マジックアイテムが部屋の隅に散乱している。

 正面の奥に置かれた机の上には何らかの実験器具が置かれ、そこからは泡立つような気味の悪い音が聞こえていた。

 薬品の不快な臭いが部屋に充満しているにも関わらず、窓や鎧戸は閉められ換気をする気配すら全くない。

 部屋の中央には対面式のソファセットが置かれており、そこでは白髪の老婆が場違いにも優雅にお茶を楽しんでいる。

 老婆はミハイルらを見るや、向かいのソファーを顎で差した。


「よく来たね。まぁ、そっちのソファに座りな」


 老婆の顔には深い皺が幾つも刻まれているが、声はしっかりとしていて背筋もまっすぐに伸びていた。

 年齢を感じさせない覇気のある声からは、力強さが感じられる。

 それもそのはず、この老婆はこの部屋の主でありギルドマスターである。尤も、この部屋のこともあってか、ギルドマスターとの面会を望む者は数少ない。

 ミハイルらは老婆の向かいに座ると、長居は無用とばかりに早速本題に入る。


「バーナスさん、今日は追加報酬のことでお話があると伺いました」

「ミハイルの坊やは相変わらずせっかちだねぇ。取り敢えず茶でも飲んで落ち着きな」


 その言葉が来るのを分かっていたかのように、ディックは既にお茶の準備を始めていた。

 だが、お茶の入れ方が問題である。実験器具を使いお茶を入れているため、一体何を飲まされるんだと気が気ではない。

 程なくしてお茶が運ばれてくるも、液体の色を見て、みな一様に顔を顰める。

 硝子のグラスには紫色の液体が注がれており、そこからは泡がプツプツと出ていて妙な臭もする。

 そんな怪しい飲み物に口をつける者は誰もいない。

 お茶を見て固まるミハイルらに、バーナスはつまらなそうに口を開いた。


「茶は嫌いかい?誰も飲まないなんて勿体無いねぇ」

「お心遣いありがとうございます。ですが僕らは食事を済ませたばかりで、もうお腹に入りませんで」

「……じゃあ仕方ないね。それじゃあ本題に入ろうか」

「はい。お願いします」


 一刻も早く立ち去りたいミハイルは、待ってましたとばかりに頷いた。

 打って変わった態度にバーナスはやれやれと肩を竦める。


「その前に一度確かめておきたいんだが――ベルカナンの街を包囲していた獣人は凡そ一万以上。それをサラマンダーが全て焼き殺したんだね?」

「はい。その通りです」

「ふむ。サラマンダーの炎のことはポーターやベルカナンの兵士からも聞いている。獣人の死体も一万以上と報告が入っている。まぁ、問題はないね。ただ――死体の中には骨まで焼失し、武具の一部が溶けているものまであったそうだよ。それだけの炎をサラマンダーが本当に出したのかい?にわかに信じがたいんだけどね」

「間違いありません。サラマンダーの炎で焼かれる獣人をこの目で見ましたから」

「……そうかい。ならいいんだよ」


 訝しげに尋ねるバーナスであったが、ミハイルはきっぱりと肯定する。

 村でサラマンダーが炎を撒き散らしたとき、獣人の鎧の一部が溶けているのを確認している。そのため実際に見せろと言われても大丈夫であると確信していた。

 迷いのないミハイルの言葉に、バーナスもそれ以上は何も言うことはなかった。


「じゃあ追加報酬の件だけどね。獣人一体につき銀貨10枚、一万体の計算で金貨1000枚を国は支払うそうだよ」

「金貨1000枚!そんなにですか?」

「獣人たちの武具の中には希少金属で作られたものや、高価な魔道具マジックアイテムも見つかっているらしい。恐らく金貨1000枚差し引いてもお釣りが来るんだろうさ。尤も、本来それらはお前たちの物なんだよ?武具や魔道具マジックアイテムを回収してから来れば良かったものを。勿体無いことをしたね」

「あれだけの死体を調べるのは僕らだけでは無理です。仕方ありません。それにバーナスさんは僕らの手柄のように仰っていますが、僕らは何もしていませんよ。追加報酬は全て騎乗魔獣の主であるレオンさんに渡すべきです。なぜレオンさんではなく僕らを呼んだんですか?」

「そりゃお前さんなら信用できるからさ。今回は話を聞くだけだからもういいよ。態々わざわざ呼びだして悪かったね」

「そうですか。それでは僕らはこれで失礼します」


 ミハイルらは頭を下げると早々に部屋から出ていった。

 足音が遠のき完全に聞こえなくなると、バーナスは自分の後ろで控えているディックに視線を移した。


「まぁディックも座りな」

「それでは失礼します」


 ディックは促されるまま、向かいのソファに腰を落とした。

 バーナスは紫色の液体が入ったグラスを一つ手に取り喉を潤す。見かけや臭いとは正反対、すっきりとした喉越しで、微かな甘味が口の中に広がっていった。

 同じようにディックもまた喉を潤し一息つくと、バーナスが最初に口を開いた。


「で?どうだいディック。ミハイルの坊やは嘘をついてると思うかい?」

「いいえ。少なくとも私にはミハイル様が嘘をついているようには見えませんでした」

「ふむ。おおむね私と同じだね」

「既にポーターやベルカナンの兵士から裏が取れています。ミハイル様からも裏を取る必要があったのでしょうか?」

「念のためだよ。炎を操るサラマンダーなんて久し振りに聞いたからね」


 炎を操るサラマンダー、それは本来この世界には存在しない。

 遥か昔、この世界のサラマンダーも炎を操れたと伝承にはあるが、それは信憑性しんぴょうせいのない御伽噺おとぎばなしのようなものであった。

 この世界に残っているとは凡そ考え難い。

 ディックは昔聞いた話しを思い出し、有り得ないと首を横に振る。


「炎を操るサラマンダー、恐らく召喚魔法と思われますが、この大陸にはその使い手は数える程しかおりません。しかも、召喚された魔物は極めて強力と聞き及んでおります」

「その通りだよ。尤も、召喚に必要な触媒を集めるのに苦労はするだろうけどね」

「やはり騎乗魔獣の主が召喚したのでしょうか?」


 ディックの言葉に今更なにをとバーナスは苦笑する。

 サラマンダーはこの世界でも強い部類に入る。

 体は頑強な鱗に覆われ、鋭い牙や爪で獲物を切り裂く恐ろしい魔物だ。

 だが、これが召喚されたサラマンダーになると更に手がつけられなくなる。全身を炎で覆い近づくことすら許されない。

 バーナスの脳裏を嘗て見たサラマンダーの姿が過ぎった。

 そして、そんな強力な魔物を手放す者などいまいと一笑に付す。


「間違いなくそうだろうね。召喚された魔物は召喚した者にしか従わない。他の者に従えと命令もできるが、サラマンダーを簡単に手放すとは思えないからね」

「サラマンダーはドラゴン討伐の折に偶然発見されたとありますが――召喚魔法を隠すための偽装でしょうか?」


 バーナスは暫し考えひと呼吸おいて口を開いた。


「ここからは憶測の域を出ないね。有力な冒険者の証言で、騎乗魔獣として誤魔化せると思ったのかもしれない。だが召喚魔法を隠したい気持ちは分かるよ。大きな力を持っていると、色々と面倒ごとに巻き込まれる。今回は獣人との遭遇で仕方なくサラマンダーの力を使ったんだろうけど、もしずっと隠していたら召喚魔法のことは分からなかったかもね」

「サラマンダーを取り込めないかと、既に国からも要請が来ております。如何いたしましょうか?」

「特に何もしないよ。それよりも、レオン・ガーデンについて調べはどこまで進んでるんだい?」

「出身国は不明。既婚者で妻の名はフィーア・ガーデン。受付職員の話では他国の貴族とのことです。夫婦揃って魔術師。使用できる魔法は回復ヒーリング魔法の矢マジックアロー。このうち回復ヒーリングは受付職員も確認しております」

「回復魔法まで使えるのかい。それに他国の貴族とは厄介だね。だがそれは裏を取ったわけじゃないんだろ?」

「はい。本人の言葉だけです」


 バーナスは腕を組んで黙考する。

 貴族が冒険者になることは珍しいことではない。

 兄弟が多ければ、当然家督を告げない弟たちは何らかの職業につかなければならない。

 数多くいる下級貴族の中には冒険者になる変わり者もいたりする。

 だが、これが仮に他国の貴族であるなら、それを国が取り込むのは問題があるのではとバーナスは考えていた。

 だが幾ら考えたところで答えなどでない。後は国が決めるだろうと思考を停止させた。


「住んでる場所は特定できているんだろ?」

「住まいは倉庫街の一角ですが――場所は特定できませんでした」

「特定できない?」

「いえ、なんと言いましょうか……。場所は分かっているのですが、何故がその場所が見当たらないのです。私も直接おもむきましたが、見つけることができませんでした」


 それを聞いたバーナスは小さく溜息を漏らした。

 弟子のディックは簡単な魔法であれば看破することができる。

 そのディックが場所が分かっているのに見つけられない。それは強力な魔法で見つからないように隠蔽いんぺいしていると言うこと。

 そして隠蔽しているということは、知られたくない何かがあるからに他ならない。

 仮に召喚魔法の他にも、それだけの強力な魔法が使えるとなると、容易に手出しはできなくなる。

 これ以上は危険と考え、バーナスは判断を下した。


「お前でも見つけられないとはね。何らかの魔法、しくは魔道具マジックアイテムで隠蔽していると見て間違いないさね。不快感を買って敵に回られても困る。これ以上の調査は不要だよ」

「上には何と報告しますか?」

「ギルド本部には裏が取れている情報だけを伝えておくれ」

「畏まりました」


 ディックは立ち上がると、丁寧に頭を下げて部屋を立ち去っていった。

 バーナスはお茶で喉を潤し一息つくと、首から下げている思い出のペンダントを握り締めていた。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「僕の出番ないね?」

粗茶 「瓶詰めにされてたよ」

サラマンダー 「トカゲの瓶詰め?冗談やめてよ。僕そんなに小さくないよ」

粗茶 「いや魔物の臓物だよ」

サラマンダー 「まさかの解体!!ガクガク((( ;゚Д゚)))ブルブル」



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