お屋敷

 屋敷に戻ったレオンを出迎えたのは、家令スチュワードのアハトとメイドのノインであった。

 二人はレオンを見るや、屋敷の入口で洗練された動きで一礼をする。


「レオン様、お帰りなさいませ」

「レオン様、お屋敷は既に完成しております」

「うむ。二人とも出迎えご苦労」


 レオンは鷹揚に頷き返し扉に触れた。

 次の瞬間、両開きの大きな扉は、音もなく自動で開け放たれていく。

 扉の先にあるのはエントランスホール。やはりと言うべきか、エントランスの片隅には豪奢なソファセットが置かれており、来客が座って待てるように配慮されている。

 公爵邸にもあったように、このような配慮は、お屋敷では常識なのかもしれない。

 尤も、レオンに来客があるのかは微妙であった。

 敷地には認識阻害の魔法が掛けられ、あまつさえ普通の人間では入れないように結界が張られている。

 この状況で来客があるとするなら、喧嘩を売りに来た他のプレイヤーとしか考えられなかった。

 エントランスを照らす眩い光にレオンは天井を見上げる。

 そこには光輝石ライトストーン硝子石グラスストーンが格子状に嵌められ、強い光が放たれているのが見て取れた。

 しかも、石の表面には幾何学模様の彫刻が施され、光に僅かな変化を与えている。

 細部にまで凝った作りにレオンが感心していると、正面の扉が開け放たれ、見覚えのある男性がエントランスに入ってきた。

 レオンの従者の一人であり、この屋敷を手がけたズィーベンである。

 ズィーベンはレオンを見るや自慢気に胸を叩いた。


「お待ちしておりましたレオン様。ご覧の通り既に屋敷は完成しております」

「うむ。拠点ほどではないが、この屋敷も中々のものだな」

「お褒めに預かり光栄にございます。では早速玉座の間にご案内いたします」


 レオンの眉がピクリと動く。


(玉座の間?そんなものまで作ったのか?屋敷には必要ないだろ……)


「ズィーベン、屋敷に玉座の間は必要ないのではないか?」

「お言葉ですがレオン様。レオン様が座する場所は玉座以外考えられません。玉座の間は必要不可欠でございます」


 ズィーベンは自信に満ちた表情でレオンを瞳を真っ直ぐに見つめる。

 その曇りのない瞳に、レオンも玉座は必要ないとは言えなくなる。周囲を見渡せば、アハトやノイン、フィーアやヒュンフまでもがズィーベンに同意するように頷いていた。

 多勢に無勢、やむなしとレオンは肩を落とす。


「そうか、では案内を頼む」

「お任せ下さい。安全のため転移阻害の魔法を施しております。移動には半日ほど掛かりますが、どうか御辛抱ください。それではこちらでございます」


 意気揚々と歩き出すズィーベンをレオンは思わず呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待て!半日だと?」

「はっ!安全を考慮しました結果、玉座の間は地下九十九階、レオン様の寝室は地下百階となっております。途中の階には多種多様な罠もございます。移動の際には十分ご注意ください」


(おい、おっさん!!誰がダンジョン作れって言ったよ!俺はまるっきりダンジョンのラスボスじゃねぇか!!)


「ズィーベン、移動に時間が掛かり過ぎだ。玉座の間に行くのは取りやめる」

「な、なんですと!確かに時間は掛かりますが、それもレオン様の御身を案じればこそ。必ずやお気に召すと思われます。どうか――」


そもそも、俺の身を案じるなら、罠の中を移動させようとするな!このおっさん頭おかしいだろ!!)


「分かった……。だが歩いて行くのは却下だ。転移阻害の魔法を解除しろ。魔法でなら行っても構わん」


 ズィーベンはノインに視線を向けると、ノインは心得たとばかりに頷き返した。

 本来であれば、地下一階から順に部屋の作りを説明したいと思っていたズィーベンであったが、その願いは露と消える。


「レオン様、転移阻害の魔法を解きました。私がご案内いたします」


 ノインはそう言ってレオンの腕を掴むと、同じようにレオンの周りに従者たちが集まってくる。次の瞬間には見知らぬ場所に佇んでいた。

 それは一見すると、拠点にある玉座の間と同じであるが、僅かに部屋の形が変わっている。

 レオンが玉座に歩み寄るのを見て、従者たちは玉座の前に跪いた。

 

(やっぱりここに座らないといけないのか……)


 レオンは豪奢な椅子を見て密かに溜息を漏らしていた。

 玉座に座り講釈を垂れるほど、レオン自身は賢いわけでもなければ、人間ができているわけでもない。何処にでもいる平均以下の人間だ。

 レオンは重い足取りで玉座に腰を落としズィーベンを見据えた。


「ズィーベン、見事な玉座の間だ。だが正方形とは、少し変わった形をしているな」

「はっ!地上の敷地内から出ないように作りましたので、このような形となりました」

「そうか、これはこれで良いものだな。さて、玉座の間も見せてもらったことだ。全員下がってよいぞ」


 従者たちはもう終わりなのかと肩を落とすも命令は絶対である。

 それでも玉座に座る凛々しい主の姿を見れたことに喜びを感じていた。

 ノインの魔法で従者たちが立ち去るのを確認すると、誰もいなくなった玉座の間で、レオンは大きく背伸びをした。

 久し振りに一人の時間を満喫するため、レオンは玉座の後ろに回り込む。

 そこにあったのは地下百階の寝室へと続く階段。レオンは階段を下りて寝室に足を踏み入れ、そして眉間に皺を寄せた。

 広い空間の中央にぽつんとベッドが置かれ、とても落ち着ける雰囲気ではない。

 レオンは部屋の壁際に並んでいるチェストをインベントリに収め、中央のベッドに歩み寄る。

 近くで見るベッドは予想以上に大きく、キングサイズのベッドの倍はある。レオンはベッドもインベントリに収納し、部屋の片隅に移動した。

 部屋の隅にベッドを出すと、それを囲むようにチェストを並べて小部屋を作る。

 尤も、小部屋と言ってもベッド自体が大きいため、それなりの広さはあった。


(これで少しは落ち着ける)


 レオンは納得の出来に頷くと、ベッドの上で何度もゴロゴロと転がった。

 程よい弾力が体を包み込み、転がる度に、おろしたてのシーツの香りが鼻を通り抜ける。


(これはいいな。ゆたんぽがゴロゴロ楽しそうに転がっていたのも頷ける。おっとそうだった、ゆたんぽのことを聞かなくては。あの強さはどう考えてもおかしいからな)


 レオンは通話機能を使いノエルに呼び掛けた。


『ノエル聞こえるか?』

『レオン様!は、はい!はっきりと聞こえております!』

『お前が召喚したサラマンダーのことで聞きたいことがある』

『はっ!何なりとお尋ねください』

『では尋ねるが、あのサラマンダーは強すぎるのではないか?一体どうなっている?』

『その件でございますか。以前フィーア様からサラマンダーがレオン様の騎乗魔獣になるとご連絡がございました。それにともない、私のステータスの一部をサラマンダーに譲渡しております』


(ステータスの譲渡?そんなスキルあったか?)


『そんなスキルがあったのか?』

『私の固有スキルでございます。私の召喚した者に限りますが、私のステータスを一時的に譲渡することができます。尤も、ステータスの上限には制約がございますので、何処までも強くなるわけではございませんが……』


(確か魔物や悪魔、妖怪は、ステータスの上昇で固有スキルの一部が上位互換のものに変わるんだったな。ゆたんぽのスキルが火蜥蜴サラマンダー吐息といきではなく、炎魔神イフリート吐息といきになっていたのもその影響か……)


『なるほどな。よく分かった。ステータスの譲渡はいつまで継続できる?』

『私が譲渡を止めない限り、ステータスの譲渡はいつまでも継続されます』

『その間、お前は弱体化しているのだな?』

『その通りでございます』

『では改めて命じる。私がよいと言うまでステータスの譲渡は継続せよ。それと、弱体化したお前のことも心配だ。譲渡を継続している間は拠点から出ることを禁止する』

『はっ!勅命、確かにうけたまわりました』

『うむ。では頼むぞ』


 レオンは通話を切りフィーアのことを思い出す。


(そうか、騎乗魔獣が弱くては困るからな。フィーアが気を利かせてくれたのかもしれない。そう言えば、今回の旅ではフィーアも随分と大人しかったな。いつもならウィズに怒ってるだろうに。フィーアも日々成長しているということか……)


 レオンはそう考えたが実は少し違っている。

 出発前にレオンから言われた言葉が大きく影響を及ぼしていた。

 大らかな方が美貌が損なわれないと言われた為、フィーアはずっと大らかに振舞っていただけである。

 そんな事とは露知らず、レオンは久し振りの睡眠を楽しむため、愚者の指輪リング・オブ・フールを指から外していた。

 精神的な疲れが溜まっていたのだろう。ベッドに大の字になると、直ぐに意識は遠のいていった。


 翌朝。目を覚ましたレオンは屋敷内を見て回っていた。

 ズィーベンが自慢気に胸を叩いていただけあり、屋敷は細部にまで行き届いた見事な作りをしていた。

 レオンは散策中に、フィーア、ヒュンフ、アハト、ノインの四名を見つけるも、何やら楽しそうに談笑しており、声を掛ける雰囲気ではなかった。

 女性の会話を邪魔するほどレオンは無粋ではない。

 屋敷の中で自分と遭遇してはくつろげないだろうと、外に出て大きく深呼吸をする。

 清々しい朝の空気を体に取り込んでいると、視界の端に小さな人影が見えた。


(子供?まだ幼いな。どうやって庭に入ったんだ。結界が機能していないのか?)


 銀色の髪をした小さな幼児は、綿毛のようなボンボンの付いたパジャマを身に纏い、サラマンダーに何やら話しかけている。

 髪が長いので女の子なのだろう。時にはサラマンダーの顎をペチペチ叩きながら「むぅむぅ」言っていた。

 

(どこの子だ?ゆたんぽには人間を襲うなと言ってあるから大丈夫だと思うが――ちょっと危険だな)


 サラマンダーは困ったように鳴き声を上げるも、幼女の為すがままである。

 幼女が怒ったように「むぅ!」と、言うと、サラマンダーはゴロンとひっくり返り、瞳の端に涙を溜め始めた。

 幼女が更に「むぅむぅ」言うと、遂には涙を流して「きゅうきゅう」泣き出す始末である。


(どうしたゆたんぽぉおおお!!お前なんで幼女に泣かされてるんだよ?その図体でちょっとおかしいだろぉおおお!!)


 レオンがサラマンダーに近づくと、それに気付いた幼女が勢いよく駆け寄ってくる。

 ガシッとレオンの足にしがみつき離れようともしない。

 レオンはちょっと迷惑そうに、ヒョイっと幼女を持ち上げて顔を覗き込む。

 間違いなく女の子で目鼻立ちも整っており、将来はさぞ美人になるであろう容姿をしていた。

 幼女の黄金の瞳がレオンの瞳をじっと見つめる。


「むぅ」

「むぅ?悪いが何を言っているのか分からん。お前の両親はいないのか?」


 その言葉に幼女はビシッとレオンの顔を指差さした。


(えぇ……。子作りしたことないんですけど……)


 レオンは幼女を抱き抱えると、サラマンダーの傍に歩み寄る。

 サラマンダーに何があったのかは知らないが、助けを求めるように、「きゅうきゅう」鳴き声を上げていた。


「ゆたんぽ、元に戻ってよいぞ」

「きゅう」


 サラマンダーは嬉しそうに鳴き声を上げるも、幼女が怒ったように声を出す。


「むぅ!」

「きゅぅぅ」


 サラマンダーは元には戻らず、ひっくり返ったまま悲し気に鳴き声を上げるばかりだ。

 その様子にレオンは絶句する。


(嘘だろ?俺の命令を上回るだと……)







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「何で僕は幼女の言いなりなの?」

粗茶 「この世界でトカゲは最下等生物だからだよ」

サラマンダー 「僕の下はいないの?」

粗茶 「いないね。トカゲの下は僅差でお肉しかいないね」

サラマンダー 「何でお肉と僅差なのぉおおお。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る