北へ⑫
翌朝レオンが部屋を出ると、隣の部屋から出て来たミハイルと偶然遭遇した。
三人の女性と楽しそうに会話をするミハイルを見て、レオンがリア充爆発しろと心の中で呟いたのは言うまでもない。
とは言え、レオンにもフィーアがいる。傍から見れば女性に困っているようには見えないのだが、レオンの場合は少し違っていた。
何せ寝室ではフィーアとヒュンフが椅子に座り、人形のようにずっと身動き一つしないのだから。
瞳だけがレオンの姿をずっと追っているため、まるで囚人を見張る看守である。
しかも、野営の狭いテントの中でも同じような状態のため、レオンにとってはたまったものではない。
当然、レオンが期待するようなことは何もなく、最近は精神が削られるだけの日々を過ごしていた。
(おのれリア充め!毎晩三人相手とは何て羨ましい!俺は一晩中見張られて何もできないと言うのに……)
レオンが密かに毒を吐いていると、ミハイルがにこやかな笑みを見せる。
「レオンさん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
(眠れねぇよ!!睡眠不要のアイテムを装備しているからな!)
「うむ。良く眠れたとも」
レオンは内心突っ込みを入れながら、心にもないことを平然と告げた。
ミハイルらと合流して宿の一階に降りると、昨日の兵士がラウンジで大きな
兵士はレオンたちを見るや、大きく手を振って呼び止める。
「レオンさん!魔導砲の件ですが許可が下りましたよ」
「本当か?では早速見に行こう」
「えっ?こんな朝早くからですか?」
「別に構わんのだろ?」
「まぁ、そうですが……。はぁ、仕方ないですね。朝食は少しの間我慢しますか……。では付いてきてください」
兵士は宿の食堂を恨めしそうに見つめて肩を落とす。
魔導砲のある場所までこの兵士が案内をするらしく、兵士は重い腰を上げて宿の外に歩き出した。
外はまだ薄暗く、微かに建物の輪郭だけが見える。
レオンの後ろにフィーアやミハイルたちが続いているのを見て、兵士は顔を顰めて口を開いた。
「えっと……、みなさん付いて来られるんですか?」
「私はレオン様の妻です。レオン様に付き添うのは当然です」
「僕たちも魔導砲に興味があります。ご一緒しても構いませんよね?」
兵士は深い溜息を漏らすと、困ったように頭を掻いた。
「この際、一人も六人も一緒か……。今回は特別ですよ」
「ありがとうございます」
ミハイルが笑顔で返答すると、兵士は気にするなと片手を上げて応えた。
向かった先は城壁に隣接する兵士の待機場所。
案内の兵士を見るや、見張りの兵士が敬礼をする。
「ケネス副隊長おはようございます。今日はどのようなご要件でいらしたのですか?」
「彼らに魔導砲を見せる。隊長の許可も取ってあるから通してくれ」
「民間人に魔導砲を?よろしいのですか?」
「例のサラマンダーの飼い主たちだ。恩は返さんとな」
「そういう事ですか。どうぞお通りください」
中に通されると幾つもの小部屋の他に、螺旋状の階段が遥か頭上まで続いていた。
明かり取りの窓はあるが、今はまだ薄暗い早朝である。
鎧戸も閉められ、階段には
足を外して落ちようものなら、大怪我ではすまない高さである。
一行は階段を慎重に上りながら、レオンは気になることを尋ねてみた。
「お前は副隊長なのか?」
「そうですね。これでも、この街では二番目に偉いんですよ」
「全然偉そうに見えないな」
「まぁ、私は平民からの成り上がりですから。それより、そろそろ城壁に着きますよ」
ケネスが突き当たりの扉を開け放つと、早朝の冷たい空気が流れ込んできた。
ミハイルたちが身震いするのを尻目に、レオンは城壁に足を踏み入れ感嘆の声を上げる。
眼下には霞がかる草原が広がり、朝焼けの空がレオンらを出迎えてくた。
「綺麗な景色だな」
「本当に綺麗ですね」
「うわぁ、こりゃ最高の眺めだな」
みな口々に城壁からの眺めを絶賛する。
ケネスはそれを見て満足げに笑うと、早速魔導砲の元へと案内をしてくれた。
城壁にある魔導砲の数は全部で二十四門。ケネスは一番近い魔導砲の前で足を止めると、魔導砲に手を向けて自慢気に説明を始めた。
尤も、ケネスとて魔導砲の構造を理解しているわけではない。知っているのは魔導砲の使い方だけである。
「これが魔導砲です。この丸い石で魔力を供給し、このレバーを引くことで魔法が放たれます。台座は回転しますし、ある程度角度を変えることもできますよ」
視線の先にある魔導砲は、レオンが小さい頃、観光地で見掛けた大砲に酷似していた。
車輪が付いているような移動式ではなく、城壁の一部と化している固定式。
高さは一般的な成人男性ほどだろうか。その台座から長い筒が伸びていた。
大砲の手前には、手のひらですっぽり覆えそうな丸い石が置かれ、その近くには長いレバーが備え付けられている。
ケネスの説明によれば、この丸い石で魔力を供給し、レバーを引くことで魔法が出るらしいのだが、実際に確認しなくては話にならない。
レオンは魔法で草原に人がいないことを確かめると、レバーをグイっと引いてみる。
砲口に魔法陣が浮かび上がり、「ボッ」と、音を立てながら、
草原に着弾すると炎が周囲に広がり、その爆風で霧が霧散する。
(思ったより威力が弱いな。速度もそんなに早くない。これが
レオンががっかりしていると、ケネスが瞳を見開いて絶句していた。
ミハイルたちも、何を勝手に撃っているんだと呆れて言葉も出ない。
ケネスはレオンに詰め寄り声を荒らげる。
「レオンさん!勝手に魔導砲に触れないでください!もし人がいたらどうするんですか!」
「安心しろ。人がいないのは確認済みだ。それより一度撃つと魔法は撃てなくなるのか。少し不便だな」
レオンは魔導砲のレバーを何度も押したり引いたりするも、魔法が撃ち出されることはなかった。
それを見たケネスの顔が青褪める。
「ちょ、ちょっと!やめてくださいよ!壊れたらどうするんですか!魔導砲は一度撃ったら魔力を供給しないといけないんですよ!」
「なるほど、そうか」
レオンは丸い石に手を乗せると、僅かだが魔力が吸われている感じがした。
その様子を見てケネスが更に慌てふためくも、レオンは気にする様子もなく手を置き続ける。
そのまま一分ほど経過すると、石が一瞬だけ光輝き、魔力の吸収がなくなった。
恐らくこれが充填完了の合図なのだろう。ケネスの静止を振り切り、レオンは再度レバーを引いた。
先ほどと同じように、砲口に魔法陣が浮かび上がり、「ボッ」と、音を立てながら、
ケネスは処置なしとばかりに顔を手で覆い天を仰ぎ、ミハイルらは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
レオンはと言えば、何度も頷き何かを考える素振りを見せる。
その様子を見て、どうせ碌でもないことだろうと、周囲の表情が途端に曇っていった。
(この丸い石は吸魔石だな。こんなに大きいのに吸収が遅いとは……。純度が低いのか?)
レオンはシェリーの手を掴むと吸魔石の上に乗せてみた。
シェリーは驚き、恥ずかしいのか見る間に顔が真っ赤になる。
レオンはその様子を怪訝そうに見つめて首を傾げた。
(手を掴まれたくらいで何を赤くなっているんだ?ミハイルともっと凄いことをしているだろ?)
「シェリー、どんな感じだ?」
「どど、どんな感じと言われても、恥ずかしいです」
「ん?いや、そうではない。魔力を吸われている感じはあるか?」
「へ?ああ、はい。何か吸われている感じはします」
「そうか」
程なくして石は光輝き、魔力が充填されたことを教えてくれた。
それと同時にケネスがレバーの前に立ちはだかり、レオンの魔の手から死守しようと動き出す。
しかし、レオンはそんなことには目も
(魔力を吸収する時間は俺と一緒。吸収される側の魔力の大きさに影響されないのか。それに、魔法を使えない者でも魔力を持っていれば吸収できる。この世界の吸魔石も、ゲームのものと変わらないな。後はこれを魔法銃に応用できるかだ。持つだけで魔力を吸収し、トリガーを引くことで、特定の魔法が撃てるような……)
レオンが新たな魔法銃の構想を練ることで、知らず知らずの内に従者たちの負担が増加していた。
何せ作ることに関しては全て従者に丸投げである。
後日、無理難題を突きつけられ、従者たちが頭を悩ませたのは言うまでもない。
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