北へ⑪

 程なくしてレオンらはポーターと合流する。

 その頃にはベルカナンの霧も徐々に晴れ、ポーターやベルカナンの兵士たちが、目の前の惨状に口をあんぐりと開けたのは言うまでもない。

 そして今は駆けつけた兵士に事情を説明している真っ最中であった。

 サラマンダーが炎を纏いスキルを使うと、兵士やポーターは驚きの表情を見せる。


「な、なるほど。このサラマンダーが獣人たちを……」

「はい。ここに来る途中で街道沿いの村にも立ち寄りましたが、既に襲われた村が幾つもありました。襲っていた獣人たちは殺しましたが、他にも村を襲う別働隊がいるかもしれません。街道から離れた村を中心に討伐隊を出してください」

「分かりました。直ぐに隊長に知らせます」


 話を聞いていた他の兵士が頷き、ベルカナンの街へと馬を走らせ消えていった。

 ミハイルはそれを見届け、レオンに視線を向ける。


「レオンさん、陽も傾き始めています。今日はベルカナンに泊まり明日帰りませんか?」

「そうだな。個人的には魔導砲に興味がある。是非、見たいものだ」


 レオンは兵士に視線を向けると、兵士の男は困ったように顔を掻いた。

 魔導砲は防衛の要。本来であれば限られた者にしか触れることができない。だが、この街を獣人から守ってくれた恩もある。無下に断ることもできなかった。

 兵士は仕方ないとばかりに口を開いた。


「どうなるか分かりませんが、その願いは隊長に伝えておきます」

「よろしく頼む」

「では街の入口まで同行しましょう」


 レオンが頷き返すと、一行は兵士の案内でベルカナンの街へと向かった。

 街に近づくにつれ城壁の高さが鮮明になる。入口で見上げた城壁の高さは、レオンの屋敷があるメチルの街の倍はあった。

 流石に城塞都市と言われるだけのことはあり、出入り口の門扉もんぴも分厚い金属で出来ている。

 門を閉めてしまえば空でも飛ばない限り侵入は不可能。

 更には城壁の至るところに魔導砲を備えていることから、例え空を飛べても容易に近づくこともできない。  

 レオンは城壁を見上げ、その鉄壁ぶりに感心していた。


(これが城塞都市か……。流石は国境を守る街、門を閉じてしまえば侵入は困難だな。獣人が包囲に止めていたのも頷ける。あんな魔物に落とせるわけがない)


「では私はこれで。魔導砲の件は追って連絡します」

「私たちが泊まる宿を聞かなくてもよいのか?」

「この街には大きな宿が一軒あるだけです。問題ありません」

「そうか、では隊長によろしくな」


 兵士は頷き返し馬を走らせる。遠ざかる兵士を見送り、レオンはミハイルに視線を移した。


「ミハイル、宿の場所は分かるのだろ?案内を頼む」

「分かりました。こちらです」


 ミハイルを使用人のように使うレオンに、ベティらが冷ややかな視線を向けるも、誰も何も言えなかった。

 レオンの力を知った今となっては、この偉そうな態度も頷けるというもの。

 唯々ただただ溜息を漏らすことしかできなかった。

 ベティらの様子に気付くこともなく、レオンはベルカナンの町並みを感慨深げに眺めていた。


(城塞都市といっても、街並みはメチルの街と変わらないな。兵士ばかりかと思ったら、子供や女性も大勢いるのか……)


 周囲を見渡すレオンが気になるのか、ミハイルがその様子を見つめている。 


「何か珍しいものでもありましたか?」

「いや、その逆だ。城塞都市と言うから、もっと物々しいかと思ったのだが――子供や女性も大勢いて、メチルの街と大して変わらないと思ってな」

「この街には駐屯している兵士の家族も住んでいます。それに娼館も多いですから」

「ほう。娼館か……」


 娼館という言葉にレオンの顔が僅かに綻ぶ。


(是非行きたい。でも一人で行く度胸もないしな……。ミハイルは女性に慣れてそうだし、後でこっそり誘ってみようかな?)


 そんなことを考え、レオンは不意に女性たちの目がきになった。

 レオンの表向きは既婚者である。

 それが妻のいる前で娼館の話は不味いに決まっている。

 話を聞かれているのではと、肩越しに僅かに振り返り、レオンの背中に冷や汗が流れた。

 案の定というべきか、そこではベティらが冷たい視線を向けていた。


(怖っ!なんなんだよ……。そんなに睨まなくてもいいだろ。まだ未遂だぞ?大体何で俺は冷や汗が流れてるんだ?恐怖無効じゃなかったのかよ!いや、今のは緊張の汗なのか?まったくこの体は訳が分からん)


「レオンさん、宿はこちらです」


 レオンはミハイルの言葉で我に返る。

 ミハイルの視線の先には四階建ての大きな建物が見えた。

 奥行もあり、部屋数だけなら三百を超えてもおかしくない。これなら街に宿が一つしかないのも頷けると言うものだ。

 両開きの扉を開け宿に入ると、ホテルのようなラウンジが広がっている。

 簡素なテーブルセットが幾つも置かれ、ちょっとした休憩が出来るようになっていた。

 その正面には長いカウンターテーブルが置かれており、宿の女性が椅子に腰を落とし退屈そうに頬杖をついている。

 ミハイルがカウンターに歩み寄ると、女性は不思議そうに首を傾げ、客と知ると驚きの声を上げた。


「え?お客さん?獣人たちが街を包囲してるはずじゃ……」

「獣人ならもういませんよ。安心してください」

「ほんとに?やっとどっか行ったのね。ほんと良かったわ。あっ、ごめんなさい。宿泊よね?」

「はい。二人部屋と三人部屋、それから四人部屋を――」


 幸い厩舎も空いているということで、サラマンダーの寝る場所も確保することができた。

 部屋はレオンとフィーアの二人部屋と、ミハイルのパーティーの四人部屋、ポーターの三人部屋の計三部屋に分かれることになった。

 ミハイルとの二人部屋だと思っていたレオンは軽くショックを受ける。

 当然、ミハイルと娼館に行くこともできず、レオンは唯々ただただリア充爆発しろと、一晩中、心の中で念仏のように唱えていた。








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サラマンダー 「宿のご飯は出るのかな?」

粗茶 「出るわけないだろ?そんなに食いたきゃ自分の尻尾食えよ」

サラマンダー 「え?痛いよ。それに尻尾がなくなっちゃう」

粗茶 「トカゲは尻尾が直ぐに生えるから大丈夫」

サラマンダー 「だから僕トカゲじゃ――」

粗茶 「いやー、トカゲはホント羨ましいな。自分の尻尾食べてればいいもんなぁ」

サラマンダー 「僕トカゲじゃ――」

粗茶 「いやー、トカゲにはもう食事を出さなくてもいいかもなぁあ」

サラマンダー 「だから僕はトカゲじゃないってばぁああああ!!」



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