北へ⑧

 押し寄せる獣人たちを通すまいと、ミハイルとベティは前線で奮起する。

 だが、どんなに頑張ろうが二人で抑えられる数ではない。もう既に何人のも獣人が横をすり抜けている。

 絶望的な状況が続く中、それでも二人は諦めない。

 背中合わせで敵の猛攻をしのぎながら、確実に獣人をほふっている。

 魔法銃のカートリッジは既に空。ミハイルは自らの魔法で応戦するも、長く持たないことはミハイル自身が誰よりも分かっていた。

 絶え間なく押し寄せる獣人を前に、どれだけの時間戦ったのだろうか。僅か数分が数時間にも感じられる時の中で、ミハイルの疲労も限界に達しようとしていた。

 ふらつくミハイルを背中越しに感じ取り、ベティは声を張り上げる。


「ミハイル!しっかりしろ!」


 ベティの声にミハイルは、グッと足に力を込める。

 だが、立っているのがやっと、魔法を放つ気力など残されてはいなかった。

 迫り来る獣人の剣を前に、ミハイルは瞳を閉じて歯を食いしばる。

 しかし、ミハイルを捉えていた剣は、いつまで経っても振り下ろされることはない。

 恐る恐る瞳を開けると、そこには獣人の剣を素手で受け止めるレオンの姿があった。

 ミハイルは訳も分からないまま呆然となる。


「レオンさん?」

「ミハイル、お前たちは下がっていろ。後は私がやる」


 レオンはミハイルを一瞥すると、掴んだ剣をそのままに、周囲の獣人たちを見渡した。

 剣を掴まれた獣人は力を込めるも、押しても引いても剣は少しも動かない。

 レオンはそれを見て鼻で笑う。


「所詮は魔物だな。手を離せばよいものを――[炎の輪舞曲フレイムダンス]」


 レオンを中心に、炎が円を描くように渦を巻きながら拡散する。

 炎はまるで意思があるかのように獣人だけに襲い掛かり、一瞬にして周囲を赤く染めた。

 ミハイルとベティは自分たちを避ける炎を見て声も出ない。不思議な光景に、唯々ただただ周囲の獣人が焼かれていくのを呆然と眺めていた。

 レオンは周囲の獣人を全て焼き尽くすと、掴んでいた剣を投げ捨て、満足そうに声を上げる。


「やはり獣人はよく燃えるな。毛があるせいか?最終的にはゆたんぽがやった事になるだろうしな。ここは炎の魔法で全て片付けるか。だが、その前に――」


 レオンはベルカナンの街を見つめた。


「目撃者は最小限にとどめなくてはな。[天候操作・濃霧ウェザーコントロール・ディープミスト]」


 ベルカナンの街は見る間に霧に覆われ視界から消え失せる。

 どれだけ深い霧なのか、城壁の一辺すら確認することができない。これではベルカナンの城壁からも外は全く見えないだろう。

 ミハイルの下には、ウィズや傷の癒えたシェリーも合流し、みな一様に霧に覆われたベルカナンの街に驚愕の表情を見せていた。

 だが驚くのも無理もない。朝に霧が出るならまだ分かるが、今は午後に入ったばかりで太陽は天高く昇っている。

 しかも、霧が発生しているのはベルカナンの街のみ、その周りには霧一つないのだから。


 全ての準備が整うと、レオンはミハイルたちを見渡した。


「お前たちはここから動くな」

「レオンさん?」


 レオンはミハイルの問いに答えることなく、黙ってその場を立ち去っていった。


 獣人たちは炎の魔法に足をすくめる。

 配下の不甲斐ない姿に、指揮官らしき獅子族が声を荒らげて激を飛ばした。


「相手は数人だぞ!何を手こずっている!遠吠えを上げろ!戦士たちの士気を高めるのだ!!」


 近くの狼族が一斉に遠吠えを上げ、それを聞いた遠くの狼族も遠吠えを上げる。

 遠吠えは連鎖していき、いつしかその場にいた全ての狼族が遠吠えを上げていた。

 レオンは肩を落とし、小さく溜息を漏らす。


(はぁ、ワーウルフの戦意高揚スキルか。獣人ならもっと人間らしいスキルを使えよ……)


 遠吠えで獣人たちの足が再び動き出す。

 丘を下るレオンを見つけると、獣人たちは我先にと群がっていった。

 その獣人たちを見下ろしながら、レオンは掌を下に向ける。


「道を開けろ![炎の道フレイムロード]」


 前方の地面から勢いよく炎が吹き出し、それは獣人たちを飲み込みながら、何処までも真っ直ぐに伸びていく。

 軍勢を真っ二つに両断され、指揮官の獅子族は憎々し気にレオンを睨みつける。

 多くの獣人が焼かれる中、横から回り込んでいた獣人たちは仲間の死には目もれず、剣を振り被りレオンへと襲い掛かっていた。

 だが、その剣がレオンに届くことはない。

 剣が届くより早くレオンの魔法が放たれる。


「[三重詠唱・火の矢トリプルキャスト・ファイヤーアロー]」


 レオンから放たれた三本の火の矢ファイヤーアローは、閃光のように獣人を貫き遥か彼方へと消えた。

 獣人たちは目の前で仲間が殺されようとも歩みを止めることはない。魔法で焼け焦げた斜面をひたすら駆け上り、レオンの命を奪わんとする。 

 斜面を駆け上がる獣人に狙いを定め、レオンは魔法を発動させた。


「これでも登ってこれるのか?[火の嵐ファイヤーストーム]」


 炎を纏った巨大な竜巻が突如出現する。

 獣人たちは瞬く間に竜巻に引き寄せられ、炎に焼かれながら息絶えていく。

 その様子を見て指揮官の獣人は次の指示を出していた。

 接近戦は無理だと判断したのだろう。盾を持ったクマ族が前面に出て、その後ろで獅子族が弓矢を構えた。

 号令とともに一斉に矢が解き放たれ、レオン目掛けて雨のように降り注ぐ。


「無駄なことを……」


 レオンは矢を避けることもなく悠然と歩き続ける。

 数え切れない程の矢がレオンの体に命中するも、その全ての矢が弾かれ地面に落ちていった。

 矢が効かないことに獣人たちは驚くが、決してその手を緩めはしない。

 しかし、どんなに矢を放ってもレオンの歩みは止まらず、遂には盾を構えた熊族の眼前に迫っていた。

 数人の熊族が盾を前に突進するも、レオンが軽く手を払っただけで盾はひしゃげげ、熊族の巨体は遠くに吹き飛ばされる。

 それならと、今度は狼族が横から喉元に食らいついた。

 しかし、狼族の自慢の牙はレオンの体に突き刺さることはない。まるで鋼鉄の塊を噛んでいるかのように、牙を食い込ませることが出来ずにいた。

 レオンは狼族の頭に触り、毛並みを確かめ眉間にしわを寄せる。


「犬は嫌いではないが――この毛並みではな……。何より臭い、早く離れろ」


 レオンは狼族のひたい目掛けて、親指で人差し指を弾いた。

 所謂いわゆるデコピンであるが、その威力は計り知れない。

 デコピンを受けた狼族のひたいは、まるでミサイルでも受けたかのように爆散して弾け飛んだ。

 これには他の獣人も思わず後退あとずさる。

 しかし、レオンを取り囲む獣人の数は一向に減る気配がない。

 レオンは押し寄せる獣人の波を見て肩をすくめた。


「邪魔だな――[溶岩爆発ラバエクスプロージョン]」


 レオンを中心に爆発が起こり、それと共に溶岩が周囲に飛び散る。

 爆風は広範囲に及び、数千体の獣人が爆風と溶岩に飲み込まれ、一瞬で屍に変わっていった。

 徐々に近づくレオンを見て、指揮官らしき獣人が手当たり次第仲間を呼び集めている。

 見る間に獣人の壁が出来上がり、それを見たレオンはうんざりする。


(はぁ……。あの指揮官らしい獣人から話を聞こうと思ったが――もう面倒だ……。街を包囲していた獣人も集まってきたことだし、そろそろ終わらせてもいいだろう)


 レオンは天を仰いだ。澄み渡る空を見渡し、片手をかかげて魔法を発動させる。


「舞い落ちろ![神炎の翼レーヴァテイン]」


 遥か天空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 それは幾重にも重なり円柱状に姿を変えていった。

 遠目から見れば巨大な大砲のようにも見える。

 その間、僅か一秒にも満たない。

 魔法陣は光を帯びると同時に、大地に神の鉄槌を下した。

 轟音とともにおびただしい光が大地に降り注ぎ、それは炎に形を変え、地上の全てを焼き尽くす。

 光が消えたあとには、焼かれた獣人の亡骸なきがらが大地に転がり、融解した大地が魔法の威力を物語っていた。

 レオンは自分の体を見て顔を顰める。


「少し汚れたな。[洗浄ウォッシュ]」


 体を清めて丘の上に戻ると、ミハイルたちが瞳を見開き呆然と立ち尽くしていた。




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