北へ⑦

 一行は夜明けと同時に、ベルカナンへと馬を走らせた。

 途中の村にも立ち寄るが、既に襲われた後で生存者は一人もいない。

 獣人たちも引き上げており、村には食べ残された死体だけが残されていた。

 村に入るのは決まってミハイルとレオンの役目であったが、その表情を見て誰もが村の状況を察していた。

 ミハイルやレオンも、村から戻っても誰に話すわけでもない。直ぐに馬へ跨り先を急いだ。

 それが数回繰り返され、昼過ぎには、城塞都市ベルカナンの城壁が見える場所まで辿り着いていた。

 街道から外れた小高い丘に移動すると、ベルカナンを見下ろし、ミハイルが驚きの声を上げる。


「なんだこの獣人の数は……」


 ミハイルの瞳に映るのは、ベルカナンを囲む大勢の獣人たち。

 その数は一万を優に越える。

 獣人がベルカナンを包囲しているということは、つまりベルカナンはまだ落ちていないことを意味していた。

 だが、獣人たちはやる気がないのか、くつろいでいるようにしか見えない。

 中には地面に寝そべっている獣人もいる。

 レオンはミハイルの隣に並ぶと、獣人を眺めて口を開いた。


「なるほどな。攻め込む気がないとすると……。時間稼ぎか」

「時間稼ぎ?ですが、そんなことをして何の得が――」

「ミハイル、お前は言っていたではないか。村人の死体が少ないと」

「まさか!村人をさらうまでの時間稼ぎ!」

「こうしてベルカナンを取り囲んでいると言うことは、もしかしたら村を襲わせた別働隊を待っているのかもしれないな」

「僕たちが遭遇した狼族ですか?」

「うむ。もしかしたら他の村も襲い、人間を引き連れて戻る手筈になっていたのかもな。それに、あれ意外にも別働隊がいることも考えられる」

「他にも別働隊が……」


 ミハイルは俯き唇を噛み締める。

 ここに来るまでの間、幾つかの村に立ち寄ったが、全ての村を見てきたわけではない。

 当然、街道から遠く離れた村も数多く存在する。むしろ街道から離れた辺境の村の方が多い。

 こうしている間にも、何処かの村が襲われている可能性は十分にあった。

 レオンは獣人たちを見渡し人間の姿を探すも、捕らえられた村人の姿は見当たらない。

 恐らく、今まで捕えた村人の移送は終わっているのだろう。レオンは肩を落として溜息を漏らす。

 捕らえられた人間がどうなるか。生かして捕らえているなら、何か目的があるのだろうが、人間を食べる種族が考えること。

 ろくな事ではないのは分かりきっていた。

 レオンは重い口を開いてミハイルに話し掛ける。


「見る限りでは、獣人たちの中に捕らえられた人間はいない。今まで捕らえた村人は、既に何処かに移送されているな」

「……やはり獣人の国でしょうか?」

「恐らくな」


 レオンの言葉にミハイルは顔をしかめる。

 分かってはいても認めたくはないのだろう。如何に獣人の国と言えど、他国には簡単に攻め入ることは出来ない。

 少なくとも、国王や有力な貴族が重い腰を上げる必要がある。

 絶望的な状況に誰もが落胆していた。


 そんな中で、ベルカナンにも動きが見られた。

 城門が開け放たれ、大勢の兵士たちが弓矢を持って現れる。

 だが、獣人はたちは落ち着きはらい動揺した様子もない。

 恐らく何時もの事なのだろう。熊の姿をした獣人が盾を構えて身構え、その後ろでは獅子の姿の獣人が弓に矢をつがえる。

 獣人たちの姿を見たレオンが眉間にしわを寄せた。


(あれはビッグベアとライカンスロープだな。あれも獣人なのか?どの種族も魔物と変わらないじゃないか……。獣っ娘は絶望的だな……)


 レオンの表情を覗い、ミハイルは疑問に答えるように口を開いた。


「あれは獣人の熊族と獅子族です」


 レオンは頷き返し、そのまま観察していると、兵士たちは魔導砲の射程内で足を止め、弓矢を一斉に放った。

 しかし、放たれた矢は熊族の巨大な盾に阻まれ、そのことごとくが地面に落ちている。

 そして、兵士たちの矢が届いていると言うことは、獅子族の矢も届くということ。

 獅子族は盾の陰から出ると、一斉に矢を放ち、そしてまた盾の陰に隠れる。

 熊族の巨大な盾を利用しながら、上手く兵士たちを射抜いていた。


 兵士たちは一頻ひとしきり矢を放つと、負傷した兵士を引きずりながら即座に撤退する。

 恐らく獣人たちを挑発し、魔導砲の射程内に誘き寄せる作戦なのだろう。

 しかし、それは初日から何度も見てきた光景である。獣人たちとて馬鹿ではない。後を追うことはせず、その場に止どまり包囲網を緩めようとはしない。

 徹底して魔導砲の射程外から包囲し、兵士を外に出さないようにしているのが分かる。


「ミハイル、ベルカナンの兵士が何人か分かるか?」

「約三千人と聞いています。ですが、獣人があの数ではまともに戦えません。魔導砲の射程内に誘き出せるなら、まだ勝算はありますが……」

「無理だろうな。魔導砲の射程を見切られている。そもそも、獣人たちの目的はベルカナンを落とすことではない。村人をさらう間、ここで兵士を足止めするのが奴らの目的だからな」

「ですよね。一体どうすれば……」


 もはやミハイルは情報を持ち帰ることより、如何に目の前の獣人に勝つかを考えていた。

 そのミハイルの態度に、レオンは呆れたように話し掛ける。


「おいおい、何を戦おうとしている?情報を持ち帰ることが優先だろ?出発前に戦うなと言ったのは、お前ではなかったのか?」

「確かにそうですが……。今はサラマンダーの強さを知っていますから……」


 ミハイルを擁護するように、シェリーも声を荒らげた。


「戦うべきよ!獣人は生かしておけない!私たちが街に戻る間も、犠牲者は出ているのよ!!」

「シェリー落ち着いて」


 ミハイルがシェリーをなだめようとするも、シェリーは大声でわめき散らす。


「ミハイルやレオンは何でそんなに冷静なの!!二人とも村の様子を見たでしょ!あんなことが許されると思っているの!!」


 獣人たちから距離が離れているとはいえ、両手を広げて喚き散らすシェリーに気付かないわけがない。

 数人の獣人がシェリーを視界に捉える。

 それは波紋のように瞬く間に広がり、数十人の獣人がシェリーらを逃すまいと走り出した。

 中には足の速い狼族も混じっている。見る間に距離を縮める獣人を見て、ミハイルが声を上げた。


「見つかった!?みなさん戦闘準備を!レオンさんとフィーアさんは下がって!誰かが傷ついたら回復をお願いします!」


 偵察に出ていただけで、誰もが戦闘になるとは思ってもみなかった。

 そのため、馬やポーターは離れた森に隠れている。体の大きいサラマンダーは目立つこともあり、森の中でポーターの護衛をしていた。

 森までは距離も離れているため、呼びに行っても、それなりに時間は掛かる。

 もはや残された道はない、誰もがこの場で戦うことを覚悟した。


 ミハイルは魔法銃で応戦し、シェリーが弓矢を放つ。

 次々と倒れていく仲間を見て、更に多くの獣人が向かってくる。

 数が多すぎて次第にミハイルの魔法銃でもさばききれなくなり、遂には目と鼻の先まで迫ってきていた。

 ベティが盾を構えて間に入るも、数が多すぎて、その全てを防ぐことはできない。

 ウィズも魔法の矢マジックアローを懸命に唱えるも、獣人の勢いは一向に止む気配はなかった。

 矢が切れたシェリーは武器を短剣に切り替え、果敢に獣人に斬りかかる。

 だが相手が悪かった。シェリーが斬りかかった獣人は熊族。その分厚い皮膚に短剣は阻まれ、致命傷を与えることはできない。

 更には太い腕がシェリーの細い体を軽々と吹き飛ばした。地面を跳ねるように転がりながら、レオンの足元でシェリーの体はピタリと動きを止めた。


「シェリー!」


 堪らずウィズが声を上げてシェリーに駆け寄る。

 何度も地面に叩きつけられたことで、シェリーの顔は血で赤く染まり、意識も失いぐったりとしていた。

 止めど無く流れる血を見て、レオンの瞳がすぅっと細くなる。

 レオンは屈んで泣きじゃくるウィズの頭をポンポン叩くと、向かって来る熊族に手をかざした。


「少し調子に乗りすぎだ![デス]」


 眼前に迫っていた熊族の巨体が、突如地面に崩れ落ちる。

 光を失った熊族の瞳を見て、ウィズが目を丸くして驚くが、そんなことはお構いなしに、レオンはフィーアに命令を下す。


「フィーア、シェリーの手当は任せる。それと――私はこれから少し遊ぶ。邪魔はするな」

「畏まりました」


 フィーアは恭しく一礼すると、笑顔でレオンを見送った。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「僕の出番まだ?」

粗茶 「この状況であると思ってんの?所詮はトカゲだな」

サラマンダー 「ガーンΣ(゚д゚lll)」




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