北へ⑥

 レオンが獣人たちの死を確認する中、ミハイルとシェリーは村の中に駆け出していた。

 生存者がいないと聞かされ、居ても立っても居られないのだろう。その表情は悲痛で歪んでいる。

 だが、どんなに探したところで生存者が見つかるわけもない。

 それはレオンの探知魔法が示していた。

 恐らくミハイルとシェリーが目にするのは、凄惨せいさんな村の様子であると。

 もしミハイルの言った通り、村に千人以上が暮らしていたなら、そこには千体の死体があることを意味するのだから……


 レオンが遅れて村に入ると、至る所で家屋の扉が開け放たれていた。 

 ミハイルが家屋の中を見て回ったのだろう。その一軒の扉の前では、シュリーが膝から崩れ落ちていた。

 レオンも家屋を覗き込むと、そこには物言わぬ幼い子供の死体が山積みにされ、光を失った瞳は恨めしそうに虚空を見つめている。

 手足は獣人に食べられたのだろう。死体は全て四肢を失い、噛まれたような後が残されている。

 シェリーは何も出来ず、ただ壊れた人形のように、呆然とその死体を見つめていた。


 レオンは深い溜息を漏らす。


(死体を見ても何も感じないのに、他人の心の痛みには共感できるのか……。何て不条理な体なんだ――まったく胸糞悪い……)


 レオンはその場を離れて他の家屋も覗いて見る。

 幾つかの家屋には死体が山積みにされ、同じように手足は食い千切られていた。

 中には腐敗が進行している死体もあるため、襲われてから数日は経過していることが分かる。

 村の中心では大量の木がべられ、まだ僅かに煙が上がっていた。

 中には焼かれた人の手足と思しきものも見える。


(俺たちが見た煙はこれだな。人間を焼いて食べようとしていたのか……)


 レオンはその後も家屋の中を見て回り、一番奥の家屋でミハイルを発見する。

 ミハイルは悔しそうに拳を握り締め、中年男性の死体をじっと見つめていた。

 レオンは声を掛けることも出来ず、暫くそのまま見守っていると、不意にミハイルが肩越しに振り返った。


「レオンさん、来ていたんですか。声を掛けて下さいよ」

「そんな雰囲気ではなかったからな。その男性は知り合いなのか?」


 ミハイルは男性の死体に視線を移すと、首を縦に振り、懐かしむように口を開いた。


「昔、この辺りで魔物討伐の依頼を受けた時、この村でお世話になったことがあるんです。その時に親しくなった人です……」 


 ミハイルは悔しさの余り、体を小刻みに震わせ戦慄わなないていた。


(親しくなった人、友人か……)


 レオンとてその気持ちは分からなくもない。

 だからこそかつての仲間を探しているのだから。

 傍から大切な人がいなくなるのは誰だって寂しいに決まっている。

 ましてや誰かに殺されようものなら、今のレオンであれば、間違いなく相手に復讐をしているだろう。

 それを考えれば、ミハイルも自らの手で、獣人たちを地獄に送ってやりたかったのかもしれない。


「ミハイル、村ごと死体を焼くことも出来るが――どうする?」

「……いえ、畑もありますし、村にはいずれ新たな住民が越してくるでしょう。その時に村がなくては困ります」

「そうか……」

「僕とシェリーでみんなを呼んできます。レオンさんはこの村で、新たな獣人が来ないか見張っていただけませんか?」

「構わんとも。ミハイルも気を付けて行ってくれ」

「はい。では留守をお願いします」


 凄惨な場面を幾度となく見てきたミハイルとて、直ぐには気持ちの整理はつかない。

 それでも無理やり自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせる。

 立ち止まっていても何も変わりはしないのだから。

 ミハイルは気持ちを切り替えると、その場から立ち去っていった。


 ミハイルを見送ったレオンは物見櫓に登り、遠くの景色を見渡していた。

 屍で溢れた凄惨せいさんな村とは打って変わり、空は晴れ渡り何処までも青空が続いている。

 遠くの街道に視線を向けるも人影は見えず、長閑のどかな風景が広がっていた。

 そんな景色を眺めてどれだけ時間が経つだろうか。陽も暮れ始めたころ、ようやくミハイルたちが街道を通ってやって来た。

 村に入るのは抵抗があるのだろう。ポーターが外で野営の準備をするのを見て、レオンも下に降りて合流する。


「レオンさん、お待たせしました。こちらは変わりありませんか?」

「うむ。変わりない」

「それは何よりです。それと今後のことですが――このままベルカナンに向かいたいと思っています」

「それは構わんが、報告はよいのか?」

「はい。少し気になることがあるので……」

「気になること?」

「この村には千人以上が暮らしていたはずなのに、死体の数が少ないんです」

「食べられたのではないか?」

「ですが、死体を見る限り、手足しか食べられていません。それに全身を食べたとしても、骨は残るでしょうから」

「では、何処かに連れ去られたという事か……」

「はい。もしかしたら助けられるかもしれません。戦闘はレオンさんの騎乗魔獣に頼ることになりますが……」

「まぁ、問題ないだろ。なぁ、ゆたんぽ」

「きゅう」


 レオンがサラマンダーに視線を向けると、サラマンダーは任せろと言わんばかりに鳴き声を上げた。


「そのサラマンダーは、本当に言葉が分かるんですね」

「当然だ。うちのゆたんぽは賢いからな」

「頼もしい限りです」


 ミハイルが笑みを浮かべるのを見て、レオンは少しホッとしていた。

 張り詰めたままでは長くは持たない。村の惨劇は暫くは忘れられないだろうが、時には心の片隅に追いやることも必要である。

 そう言う意味で一番心配なのはシェリーであった。

 あれからずっと伏せ目がちで、表情には暗い影を落としている。

 ミハイルやベティも気になるのだろう。幾度となく話しかけてはいるが、シェリーは上の空で空返事を繰り返すばかりである。

 レオンは三人のやり取りを見守ることしかできなかった。

 人の心はレオンにはどうすることもできないのだから……

 





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「悲しい子は僕が慰めてあげる!」

粗茶 「よく言った、トカゲ!!さぁ、いつものやってくれ!」

サラマンダー 「いつもの?」

粗茶 「毎週やってるだろ?自分の顔をむしり取って。これを食べて元気出して!!ってやつ」

サラマンダー 「そんな馬鹿な!?」




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