北へ④

「ミハイル、あれを見て」


 シェリーの視線の先にあるのは物見櫓ものみやぐら、その上では数人の獣人が周囲の警戒に当たっていた。

 しかも、村までは障害物のない草原や畑、黄金色の作物が穂を垂らしてはいるが、その中に身を隠しても、上からでは丸見えであった。


「これでは近づけない、どうすれば……」


 ミハイルが難しい顔で、櫓の上の獣人をじっと見つめる。

 この距離で仕留めるのは至難の業。

 例え魔法銃で殺せても、もし死体が下に落ちたら、更に警戒されてしまう。

 所々に大きな木が生えているなら、隙を見て移動することもできるが、身を隠せる場所は全く見当たらない。

 シェリーが心配そうにミハイルに視線を向けた。


「無理することない。夜まで待った方がいいよ」


 ミハイルは上空を見上げ、眉間に皺を寄せた。

 太陽はまだ高い位置にあり、夜まで待つとなると、何時間も無駄にすることになる。

 残してきたベティたちの身の安全も気になった。

 ミハイルがどうするべきか悩んでいると、不意に背後から鳴き声が聞こえてきた。


「きゅう」

「えっ?」


 三人が一斉に振り返ると、そこにはサラマンダーの巨体があり、レオンに頭を摺り寄せていた。


(ゆたんぽぉおおお!!お前何でここにいるんだよ!ちゃんとお留守番してないと駄目だろ?いや、そう言えば、ゆたんぽには何も指示を与えていないような……)


 サラマンダーは体が大きい上に赤い。どう考えても目立つに決まっている。

 三人が驚いているのと同様に、櫓の上の獣人も、同じように驚愕の表情でサラマンダーを凝視していた。

 その様子にミハイルとシェリーが即座に気付く。


「気付かれた?獣人がこっちを見てる」

「いや、サラマンダーに目がいってる。僕らは気付かれていないと思う」


 獣人たちはサラマンダーに警戒するも、誰も一人近づこうとはしない。

 出来ることなら戦いたくはないのであろう。サラマンダーには何もせず、ただ遠巻きに見ているだけであった。

 その様子を見る限り、レオンらに気付いている素振りはない。

 ただ、集まってきている獣人の数が多い。視界に捉えただけでも、その数は優に百を越えている。


「やはり僕らには気付いていないようです。レオンさん、これからどうしますか?」


(どうしますかって言われても――どうすんのこれ?まぁ、うちの子が悪いんだけどさ……。ここは本人に責任を取ってもらうか……)


「そうだな。ゆたんぽに獣人たちを襲わせよう」

「サラマンダーにですか?」

「うむ。あの程度の獣人たちであれば、ゆたんぽが殺されることもないだろうからな」

「確かにサラマンダーは打たれ強い魔物ですが、あの数を相手にするのは無理があります」

「我々も何もしないわけではない。身を隠しながら、魔法や弓矢で援護をする。あれだけの数を相手にするなら、それしか方法はないだろうからな。それとも、戦わずに街に戻るのか?そんなことをすれば、次の村が襲われることになるぞ?」


 情報を持ち帰ることが何より優先されるが、ミハイルには村人を見捨てることは出来なかった。

 百人程度であれば倒せない数ではない。

 それに、獣人を捕らえることが出来れば、より詳細な情報を入手することができるかもしれない。

 ミハイルが頷くのを見て、シェリーも覚悟を決める。


「戦いましょう」

「了解した」


 レオンは頷き返し、サラマンダーの瞳を覗き込む。


「ゆたんぽ、お前はあの獣人たちを襲え。あれは我々の敵だ。一匹たりとも逃すな。だが、村は燃やすなよ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、森から出て獣人たちの元に迫る。

 獣人たちが身構える中、サラマンダーは足を止め、突如「きゅるぅうう」と、唸り声を上げた。

 途端にサラマンダーの皮膚が熱を帯びる。

 頭の上には大きな炎の鶏冠とさかが揺らめき、それは頭の先から尻尾の先まで、一本の線のように真っ直ぐに伸びた。

 全ての鱗の間からは炎が溢れ出し、サラマンダーの体を炎が纏う。

 呼吸をする度、口からは炎が漏れ出し、周囲の大地が焼け焦げていた。


 本来の姿になったことにレオンが満足していると、隣でミハイルとシェリーが瞳を見開いていた。


「レ、レオンさん、あれは何ですか?」

「ゆたんぽだ」

「いえ、それは分かるのですが――あれはサラマンダーですよね?」

「その通り、サラマンダーだな」

「燃えているんですが……」

「当然だろ?サラマンダーは炎を操る魔物だからな」

「…………」


 ミハイルは今まで自分が遭遇したサラマンダーを思い出す。

 その記憶の中にあるのは、固い鱗に覆われただけの頑丈な魔物。

 炎を身に纏う魔物は見たことがない。

 だが、それは獣人たちも同じである。

 唯々ただただ呆然とサラマンダーを眺め、目に見えて動揺していた。


 サラマンダーは獣人の中に突撃すると、牙で噛み付き爪で薙ぎ払い、同時に全てを燃やし尽くす。

 獣人たちが武器を構えて近づこうにも、炎が邪魔をして近づくことすらできない。

 武器を投げつけるも、硬い鱗の前では、まるで歯が立たない。

 仲間が燃やされるのを見て心が折れたのか、獣人たちは次々と蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行く。

 だが、それをサラマンダーが見逃すわけがない。

 レオンから受けた命令は、である。


 サラマンダーは大きく息を吸い込んだ。

 体からは激しく炎が溢れ出し、大気の温度が一気に上昇する。

 体内に溜めた込んだ膨大な炎を圧縮し、サラマンダーは炎の吐息ブレスを地面に叩き込む。

 それは、レオンが幾度となくゲームで見てきた魔物のスキル、炎魔人イフリート吐息といき

 放射状に伸びた炎は、瞬く間に全てを飲み込み、視界は一瞬にして赤一色に染まっていった。

 その炎の速度に比べれば、獣人の逃げ足など愚鈍な亀の如きである。

 炎が消えた後に残されていたのは、赤く熱を帯びた不毛の大地だけであった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「僕、超強い!」

粗茶 「今のうちだけだよ。そのうちバハムートが出てくるから」

サラマンダー 「そしたら僕どうなるの?」

粗茶 「バハムートの奴隷になります」

サラマンダー 「まさかの奴隷堕ち!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る