北へ③

 シェリーはミハイルの隣に馬を並べ、神妙な面持ちで話し掛けた。


「ミハイル、あの場所って確か……」

「ええ、村がある場所です」


 ベティやポーターも知っていたのだろう。二人の会話に同意するように頷いている。

 立ちのぼる黒煙は飯炊きに出るそれとは明らかに違う。家屋のような大きなものが燃えている証拠でもあった。

 みなが表情に影を落とす中、話の流れが分からないのか、ウィズが首を傾げて尋ねる。


「なに?どういうことよ?」


 ベティはウィズに近づくと、乱暴に頭をグシャグシャ撫で回す。

 だが、その視線は黒煙を睨み決して目を逸らさない。


「ちょ、何よ?」

「あそこにある村が襲われている。いや、襲われた後かもしれねぇな」

「えっ?」


 ウィズの顔が徐々に青褪めて行くのが見えた。

 冒険者になり、まだ日の浅いウィズは、人の死に対し免疫が殆どない。

 依頼の最中で魔物に食べられる人間を見たことはあるが、その時は何度も嘔吐を繰り返していた。

 ウィズはその時の光景を思い出し、胃の底から酸っぱいものが込み上げてくる。

 しかし、それをグッと堪えた。

 普段はうざったいベティの大きな手が、今はウィズの心を落ち着かせてくれる。

 ウィズはそれに感謝しながら、黒煙に視線を向けた。

 あの下に人間がいる。そう思うと、いてもたってもいられなかった。


「ミハイル!生きてる人がいるかも知れない!直ぐに助けに行きましょ」

「ウィズ、落ち着いて。先ずは相手の戦力を確認しないと」

「なに呑気なこと言ってるの!今こうしてる間にも、誰かが殺されているかもしれないのに!」

「ウィズ、下手に動けば全滅だって有り得る。僕が言ってる意味、分かるよね?」

「分かるけど……」


 ウィズもミハイルの言いたいことは理解している。

 慎重に行動しなければ、仲間を危険に巻き込むと言いたいのだと。

 だが、理性では理解しているが、感情では納得出来ないのだろう。

 ウィズは何かを言いたそうに、口を開く真似事をしては俯いていた。


 ミハイルもウィズの気持ちは痛いほど分かる。

 誰だって助けられる命は、助けてやりたいと思うのが当たり前だ。

 だが、そのために仲間を犠牲にすることは絶対にできない。

 パ-ティーを束ねる者として、仲間の命が何よりも優先されるのだから……


「先ずは街道から外れて、近くの森に身を隠します。今後のことは、それから考えましょう」


 ミハイルの言葉で隊列は動き出す。

 街道から外れて近くの森を目指すが、近くといっても街道からは随分と離れている。

 馬から降り、草木を掻き分けながらの移動の為、森の中に入る頃には、それなりに時間も費やしていた。

 森の中に身を隠すと、直ぐに今後のことが話し合われた。

 最初に口を開いたのはミハイルである。


「村を襲ったのが獣人か魔物かは分かりませんが、先ずは相手の戦力を確認する必要があります。僕とシェリーが偵察に出ますので、他のみなさんはここで待機してください」


 ミハイルは小さいころから場数を踏んだAランクの冒険者、狩人ハンターのシェリーは気配を消すことに長けている。

 大勢で動けば返って見つかりやすいため、少数精鋭で行くなら、この二人が誰よりも適任であった。

 反論は出ないと思われたが、それにレオンが異を唱える。


「ミハイル、私も行こう」

「レオンさんも?ですが大変危険です。もし見つかったら、命の保証は出来ませんよ」

「安心しろ。私にはこれがある」


 レオンが取り出したのは、いつぞやの暗殺者から奪った同化カモフラージュマント。

 マントを羽織り、フードを被ると、レオンの姿は見る間に周囲に同化する。

 多少の違和感はあるが、一見しただけでは直ぐには見つけられない。

 その姿を見て誰もが目を丸くする。


「凄い!こんな魔道具マジックアイテムを持っているなんて!」


 レオンはフードを外して姿を見せると、ミハイルに視線を移した。


「これなら問題はないだろ?」

「いや、ですが……。レオンさん、それを僕かシェリーに貸してくれませんか?」


 正論であった。素人と思われるレオンが使うより、ミハイルやシェリーが使った方が何倍も効率が良い。

 もっと言えば、どちらか一人だけが姿を暗まし、一人で偵察に出た方が安全である。

 だからこそレオンは貸すことができない。

 そんなことをすれば、偵察に同行したいというレオンの願いはついえてしまう。


「駄目だ。これはとても貴重な魔道具マジックアイテム。誰にも貸すわけにはいかない」

「そうですよね……」


(すまんミハイル。本当は他にも三着持っているんだが――マントの下から魔道具マジックアイテムをポンポン出したら、お前ら絶対突っ込むだろ?それ何処に持ってたんだよ!って……。それに、透明化インビジブルは中級の魔法だから、見せるわけにはいかないしな)


 肩を落とすミハイルを見て、ウィズがレオンを睨みつける。


「貸して上げなさいよ!あんたが使うより、ミハイルやシェリーが使った方が、何倍も役に立つわ!」

「貸してもよいが、私も同行するのが条件だ」

「はぁ?あんたみたいな素人なんか、そのマントがなければ、直ぐに見つかるに決まってるじゃない!死にたいの?」

「そんなつもりはない」

「わけ分かんないわ。頭がおかしいんじゃないかしら?」


 流石に言い過ぎだと感じたのだろう。ミハイルはウィズに鋭い視線を送りたしなめた。


「ウィズ!誰だって貴重な魔道具マジックアイテムは簡単には貸せない。僕が魔法銃を貸せないのと同じだよ。例え貸したとしても心配は尽きない。自分の目が届くように、魔道具マジックアイテムの傍に居たいと思うのは仕方ないよ」

「……そうなんだ」

「分かったらレオンさんに謝って」

「ごめんなさい……」


 ウィズも悪気があっての発言ではないが、思い返せば何も知らずに、随分と酷いことを言っている。ミハイルの言葉を受けて、ウィズは深々と頭を下げた。

 そして、レオンもまた、ミハイルの言葉に感心していた。 


(なるほど……。貴重な魔道具マジックアイテムなら、ミハイルの言ったことも一理あるな。お陰で事が上手く運びそうだ)


「冒険者になったばかりでは仕方ないだろ?謝る必要はない。それより、私も付いて行っても構わないかな?魔道具マジックアイテムで姿も隠せるし、邪魔になるようなことはしない」

「回復魔法が使えるレオンさんがいるのは正直助かります。こちらからもお願いします。僕とシェリーが先行しますので、レオンさんは後から付いてきてください」

「了解した」

「ベティ、後のことは頼んだよ」

「任せな!こっちはしっかり守ってやるよ」


 ミハイルはベティの言葉に頷き返すと、シェリーとレオンに目配せをして動き出した。

 魔物に注意を払いながら、三人は森の中を駆け抜ける。森は魔物の領域、戦えないポーターの安全を考慮するなら、長く留まるわけにはいかない。

 あっという間に、村に近い森の端までやって来た。

 ミハイルとシェリーは木の陰に身を隠し、レオンもフードを被り姿を暗ます。


 村の周りには太い木の柱が打ち付けられ、壁のように村を取り囲んでいた。

 遠目に見ても、容易に侵入できない作りになっている。

 だが、その入口を閉ざす大きな門扉もんぴは打ち破られ、無残にも地面に倒れ伏していた。

 それを目にしたミハイルは、悔しさの余り、強く下唇を噛み締める。

 一方のレオンはと言えば、獣人の姿を追い求め、入口から微かに見える人影に注目していた。

 視界に入ったのは、全身を毛で覆われた二足歩行の狼。

 レオンの頭に思い浮かんだのは、ワーウルフと呼ばれる魔物であった。

 しかし、ミハイルの言葉がそれを否定する。


「やはり獣人か……」


 ミハイルの言葉を聞いて、レオンはもう一度その姿を観察した。

 言われてみれば、レオンの知るワーウルフと少し違いがある。

 ワーウルフは本来全裸であるが、ミハイルが獣人と呼ぶそれは、衣服を身に纏い、武器を手に持っている。

 レオンは確認するようにミハイルに尋ねた。


「ミハイル、あれが獣人なのか?」

「ええ、そうです。外見はワーウルフとよく似ていますが、その知能は人間のそれと何ら変わりません。あれは獣人の狼族です」


 ミハイルの言葉にレオンはがっくりと肩を落とす。


(人間を食べると言うから、ある程度の覚悟はしていたが……。あれはどっからどう見ても魔物だ……。獣人?巫山戯ふざけるな!!人の期待を裏切りやがって!可愛いけものとか期待しただろうが!!)



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