北へ①

 屋敷に戻りサラマンダーを従え、レオンは時間通り街の北門にやって来た。

 ミハイルはレオンを見つけると、大きく手を振り声を掛ける。


「レオンさん!」


 ミハイルに答えるように、レオンも片手を軽く上げた。

 そして、近くにいる数頭の馬を見て眉をひそめた。

 ポーターは荷物を馬にくくり付け、ミハイルの傍でも馬がいなないている。

 明らかに馬での移動を示唆しさしていた。


「ミハイル、馬で移動するのか?」

「はい。今回は街道だけを通ります。それに、急いだ方が良さそうですから……」


(急いだ方がいい?今回の依頼は何か訳ありか?)


「急いだ方がよいとはどういうことだ?」

「不穏な噂が流れた理由がちょっと……」


 ミハイルの歯切れの悪い言葉に、レオンが首を傾げた。


「理由だと?」

「はい……。北の国境にある城塞都市、ベルカナンとこの街は、定期的に兵士が行き交い、連絡を取り合っていたのですが、ベルカナンから兵士が戻らないとのことなんです。それで、先週も騎兵を向かわせたらしいのですが、その騎兵も未だ戻らないと……」

「なるほどな。それで北にある獣人の国が、何かしているのではと噂が流れたわけか」

「その通りです。元々、獣人と人間は昔から仲が悪く、事あるごとに争ってきました。彼らは人間を食料としか見ていませんし、人間も彼らを魔物としか見ていません。そのため、大きな争いが起こることも度々たびたびあります」


(獣人は人間を食べるのか?俺の想像していた獣人と随分違うな……)


「急いだ方が良いとは、その城塞都市が落とされているかもしれないという事か?」

「城塞都市ベルカナンは、堅牢な造りで有名です。簡単に落ちるとは思えないのですが、万が一も考えられます。早急に調べる必要があるでしょう」

「まぁ、そうだろうな」

「もし、獣人の手に落ちているなら、僕たちは直ぐに撤退をします。何よりも情報を持ち帰ることが優先です。間違っても戦おうなんて思わないでください」

「当然だな。城塞都市を落とすとなると、それなりの戦力と見て間違いない。数人で戦うのは馬鹿のすることだ。それにしても、この国は随分と悠長だな?連絡の兵士が戻らない時点で、十中八九城塞都市は落ちているだろ?何を呑気に調査をしているのだ。私なら直ぐに軍を動かすぞ?」


 ミハイルもそれには同意であった。

 だが、この国で軍を動かすには、国王のみならず、国を支える有力貴族も納得させなければならない。

 その有力貴族の中には、寧ろ今回のことで、国王の力を削ごうとする者までいる。

 多少なりとも貴族の事情を知るミハイルは、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「この国も一枚岩ではないのです。確たる証拠がなければ軍は動きません。それに、戻らない兵士たちは、道半ばで、魔物に殺されているだけかもしれませんから」

「そうか、魔物に殺されている可能性もあるのか……」

「その通りです。軍を動かして何もなかったでは、扇動した貴族も詰め腹を切ることになります。だから、しっかりとした調査が必要なんです」

「面倒なことだな……」


 レオンの言葉に同意するように、ミハイルは頷いてみせる。

 そして、馬の手綱を引き、レオンの前に一頭の馬を指し出した。


「レオンさんとフィーアさんは、二人でこの馬を使ってください。サラマンダーには乗りづらいでしょうから」


(確かに。うちのゆたんぽは、背中が丸くて掴むところがないからな。後でくらでもつけてやらないと……)


「うむ。分かった」


 思わず頷いてしまったが、レオンは実際に馬に乗ったことがない。

 ゲームの中では幾度となく乗ってきたが、所詮はゲームである。

 実際の馬のように暴れることもなければ、言葉を理解して思い通りに動いてくれる。

 しかし、いま目の前にいるのは、自らの意思を持った馬である。

 馬はレオンと目が合うと、さも嫌そうに顔を背けた。


(乗れる気がしねぇえええ!何だこの無愛想な馬は……)


 一向に馬にまたがらないレオンを見て、ミハイルが心配そうに話し掛ける。


「レオンさん、どうかされましたか?」

「いや、何でもない」


 レオンは助けを求めるようにフィーアに視線を移す。


「フィーア、お前は馬に乗れるか?」

「問題ございません」


(おお!乗れるのか!流石は優秀なフィーアさんだ)


「フィーア、お前が先に乗れ。私はお前の後ろに乗る」

「畏まりました」


 しかし、フィーアが近づくと、馬は突如暴れだした。

 余程近づかれたくないのか、後ろ足を何度も蹴り上げる。

 気分を害したフィーアは舌打ちをすると、馬の手綱を強引に引き寄せた。


「ちっ!大人しく言うことを聞きなさい![支配ドミネート]」


 突然の力技にレオンも呆気に取られる。


(まさかの力尽くだと!支配ドミネートの魔法は気付かれていないだろうな?)


 支配ドミネートは生きとし生ける者を、意のままに操る上級魔法。

 そんな魔法を使えると知れたら、面倒に巻き込まれるのは目に見えていた。

 制限時間はあるが、その気になれば、一国の王でさえも操ることが出来るのだから。

 レオンは魔法が気付かれていないか、周囲を大きく見渡した。

 だが、不幸中の幸いと言うべきか、馬が死角となり、誰も魔法には気付いていない。

 そのため、魔法のことに触れる者は誰もいなかった。

 レオンが安堵のため息を漏らしていると、馬が暴れたことで、ミハイルが心配そうに口を開いた。


「フィーアさん大丈夫ですか?」

「問題ありません」

「しっかりと訓練された馬を用意したんですが、申し訳ありません」

「お気になさらず」


 フィーアは頭を下げるミハイルを一瞥いちべつすると、颯爽さっそうと馬にまたがり、レオンに手を差し伸べた。


「レオン様、お手をどうぞ」

「うむ」


 レオンはフィーアの手を取り、見よう見まねで馬に飛び乗った。

 フィーアが絶妙な力で引き上げたこともあり、レオンは難なく馬に跨ることができた。

 ミハイルは馬が暴れないことに胸を撫で下ろすと、自らも馬に跨り指示を出す。


「では出発します!僕が先導しますので、みなさんは後を付いてきてください」


 その言葉を皮切りに、一行は北へ向けて進路を取った。

 先頭はミハイルのパーティーが努め、その後ろにレオンやポーターが続き、最後尾をサラマンダーが、地面を滑るように移動している。

 街道を駆ける馬の足音を聞きながら、レオンはまだ見ぬ獣人に思いを馳せていた。


(獣人なら、ふさふさの尻尾が生えた、可愛い女の子は外せないよな……)


 期待に胸を膨らませながら、レオンの新たな旅が始まろうとしていた。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「おかしい……。僕の上に誰も乗っていない。騎乗魔獣なのに……」

粗茶 「騎乗魔獣(笑)だから」

サラマンダー 「え!?」



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