冒険者⑯

 翌日。レオンは完成間近の屋敷を出ると、フィーアを伴い朝一番で冒険者ギルドへ来ていた。

 にも関わらず、依頼が張り出された掲示板の前では、既に数人の冒険者が依頼を吟味している。

 自分が一番でないことに少し落胆しながらも、レオンは掲示板の前で足を止めた。

 朝早く来た甲斐もあり、張り出されている依頼の数も多い。

 レオンは解読の魔法を使い、依頼の内容に視線を落とした。


(魔物の討伐、荷物運び、商隊の護衛、色々あるな……)


 しかし、レオンは依頼を眺めるだけで、依頼を受ける気は更々さらさらなかった。

 冒険者になった本来の目的は、プレイヤーを探すためであり、依頼を受けるためではない。

 朝一番に来たのも、多くの冒険者は早朝に依頼を受けると、事前に聞いていたからだ。

 レオンはギルド内を見渡し、それとなく冒険者の装備を確認した。


(装備品のレベルが低いな。魔法で姿を偽っている冒険者もいない。プレイヤーはいないか……)


 レオンは部屋の片隅に移動すると、ギルドに入ってくる冒険者を次々と調べていった。

 しかし、プレイヤーや、その従者らしき影は見当たらない。

 レオンが肩を落としていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「レオンじゃないか。こんな隅っこでどうした?依頼を受けないのか?」

「ガストンか。今日はそんな気分ではない」

「はぁ、お前はお気楽な奴だな……」

「お前は今日も依頼を受けるのか?昨日受け取った報酬で、暫くは遊んで暮らせるだろ?」

「馬鹿な事を言うな。冒険者は長くは続けられない。稼げる内に稼ぐのが当たり前だ」


(長くは続けられない、か……)


 ガストンの言葉を聞いて、レオンはギルド内を見渡した。

 大勢の冒険者で溢れ返ってはいるが、言われてみれば、若い冒険者が多いように見える。


(確かに中年の冒険者は少ない気がする。老人に至っては誰もいないな……。老いには誰も勝てないという事か)


「ガストンも大変だな」

「お前は他人事のように――まぁ、いいか……。俺は仲間のところに戻る。お前も若い内に稼がないと、後で後悔することになるぞ?」


 それはガストンなりに、レオンを心配しての言葉であった。

 ガストンはレオンの肩を軽く叩くと、仲間の元へと戻っていった。

 暫くすると、ギルド内は打って変わって閑散となり、ギルドに入ってくる冒険者もいなくなる。

 レオンもやる事がなくなり、小さく溜息を漏らした。


(プレイヤーも見当たらないし、俺も帰るとするか……)


 レオンが帰ろうとしていると、見覚えのある人物が入ってきた。

 すれ違いざまに目が合い、お互い自然と足を止めていた。


「ミハイル、随分と来るのが遅いな」

「僕は昨日依頼を頼まれまして、今日は荷物を運ぶポーターを借りに来たんです。レオンさんは依頼を受けられたんですか?」

「いや、私は依頼を受けていない」


 それを聞いたミハイルは、此処ぞとばかりにレオンに詰め寄った。


「それなら丁度良かった。レオンさん、僕の依頼を手伝いませんか?」

「まぁ、やることもないから構わんが――依頼の内容にもよるな」

「僕が受けたのは調査依頼です。北にある獣人の国で、不穏な動きがあるとの噂で。その噂の真相を探るのが、僕が受けた依頼の内容です」


 ミハイルの言葉にレオンの眉がピクリと動いた。

 それもそのはず、獣人とは、レオンが前々から関心があった種族である。


(獣人……。ゲームにはいなかった種族だ。ニナから話を聞いた時に、いつかは会いに行きたいと思っていたが――)


「私たちが手伝っても大丈夫なのか?」

「勿論ですよ。サラマンダーを従えているレオンさんがいるなら、僕も心強いです」

「ミハイルがそこまで言うなら、手伝うのも悪くはないな」

「本当ですか!」

「あぁ、構わんとも」

「ありがとうございます!それでは今から二時間後、街の北門に来てください」

「了解した。今から二時間後だな」


 レオンの言葉を聞いて、ミハイルは笑顔でカウンターに向かっていった。

 だが、それとは対照的に、仲間の女性たちの表情は暗い。中には露骨に舌打ちをする女性までいる。

 それにはレオンも黙ってはいられない。

 尤も、親しくもない女性に、直接文句を言えるだけの勇気はないため、心の中で密かに毒を吐いた。


(何だよ!俺が何かしたのか?あぁ、そうか。道中ミハイルとイチャイチャできなくなるからか?いや、それならポーターも邪魔になるだろ?そもそも、お前ら、人が居ようが構わずイチャイチャしてただろ!何で俺が舌打ちされるんだよ!)


 レオンが心の中で思いの丈を叫んでいると、傍から冷ややかな声が聞こえてきた。


「レオン様、あの不敬なやからを殺す許可をいただきたいのですが――よろしいでしょうか?」

「えっ!?」


 声の方に視線を向けると、鬼の形相で睨みを利かせる、フィーアの姿が其処にはあった。

 その冷たい視線に、レオンも僅かに後退あとずさる。


(ほら、うちのフィーアさんもお怒りだぞ!だが殺すのは駄目だろ?冒険者ギルドで殺人事件は、流石に不味いからな。早くなだめて怒りを鎮めないと……)


「フィーア、つまらん事で怒るな。屋敷に戻るぞ」

「ですが、あの女はレオン様に対し無礼を――」

「私は気にしていない。フィーアよ、もっと大らかな心を持て。そんなに怒ってばかりでは、折角の美貌が台無しになるぞ?」

「び、美貌!レオン様がそのように仰るのであれば……」

「うむ。分かればよい。では屋敷に戻るか」

「はい!」


 明るいフィーアの声を聞いて、レオンは安堵の溜息を漏らした。

 だが、同時に怪訝そうに顔を顰める。


(怒ったり笑ったり、相変わらず感情の起伏が激しいな。情緒不安定なんだろうか?)


 そんなことを考えながら、レオンは屋敷への帰路に着くのであった。


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