冒険者⑮

 レオンは店を出ると、謝礼として金貨を1枚エミーに手渡す。


「謝礼はこれで足りるか?」

「金貨!?多いくらいですよ!」

「そうなのか?まぁ、私の感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」

「は、はい……」


 金貨1枚あれば、一年は遊んで暮らせる大金である。

 エミーは金貨を受け取ると、大切そうに懐に収めてレオンに視線を向けた。 


「ありがとうございます。それにしても、あんなに綺麗な剣を持っていたんですね。宝石で出来た剣なんて初めて見ましたよ。レオンさんは何処かの貴族様なんでしょうか?」

「そ、そうだな。遥か遠い国のな……。そんなことより、お前が倉庫まで案内すると言っていたが、ギルドに戻らなくても大丈夫なのか?」

「大丈夫です。私の居ない分は、ニナがどうにかしますから、たまには私も楽をしないと」

「そうか、では案内を頼む」

「はい。お任せください」


 エミーを先頭に繁華街を抜け、大通りを南に30分ほど歩いただろうか。

 街の景色も変わり、倉庫街のような場所に出てきた。

 大きな倉庫が幾つも立ち並び、周囲に人の気配は全く感じられない。

 広い大通りは閑散としていて、レオンたち以外、住民の姿は見当たらなかった。


「随分と寂しい場所だな……」

「もう直ぐ収穫の時期が来ます。そのうち周辺の村から大量の小麦が、この倉庫街に運ばれて来ます。そうなると、この辺も大勢の人で賑わいますよ」

「そうなのか?」

「はい。尤も、この辺りに民家はありませんから、賑やかなのは収穫の時期だけです」

「まぁ、考えようによっては静かで良い場所だな」

「そうですね。……あ!この場所です。トマス商会の看板が出ています」


 エミーの視線の先には、古びた看板が立てられている。

 レオンも解読の魔法で看板を見ると、確かに其処にはトマス商会と書かれていた。

 倉庫は大通りに面して三棟、その後ろに三棟並んでいる。その敷地の周りを、人の背丈ほどの塀が取り囲んでいた。

 敷地の広さは200メートル四方、いや、もっとあるかもしれない。

 屋敷を立てるには、十分過ぎるくらいの広さがある。


「この塀で囲われた土地が、全てレオンさんの土地になります」

「うむ。これだけの広さがあれば十分だ。エミーにも世話になったな。気を付けて帰ってくれ」

「はい。私はこれで失礼します」


 エミーはレオンに一礼すると、踵を返してギルドへと戻っていった。

 レオンはそれを尻目に、「さて」と、一言呟いた。

 サラマンダーに視線を移して、頭を優しく撫でてやる。


「今日からお前の名前はだ」

「きゅう?」


 首を傾げるサラマンダーを見て、レオンは再度話しかける。


、が、お前の名前になるのだ。よいな?」

「きゅうきゅう」


 サラマンダーは理解したのか、嬉しそうに頭を擦りつけてくる。


「いい子だ。先ずは倉庫の中を確認しておくか……」

「きゅう」


 倉庫を開けると其処そこには何もなく、ただ広い空間だけが広がっていた。

 当然このままでは生活ができないため、レオンはフィーアに命令を下す。


「フィーアは拠点に戻り、ズィーベン、アハト、ノイン、それから、司祭ドルイドのバステアを連れて来い」

「畏まりました」


 フィーアの消え去る様子を見送り、レオンはトマスから受け取った袋の中身を確認した。

 其処には大量の金貨の他に、土地の権利書も入れられており、土地の名義もレオンに書き換えられていた。


(土地の権利書も入っていたのか……。名義も俺に変わっている。これで自由に屋敷を建てることが出来るな)


 レオンは倉庫から出て敷地内を見渡した。

 地面は土が剥き出しで少し柔らかい。雨が降ろうものなら、泥濘ぬかるむのは容易に想像がついた。


(敷地内は全て芝生にするか……。ゆたんぽは芝生の方が落ち着くだろうしな。屋敷の大きさは――)


「レオン様、ズィーベン、アハト、ノイン、バステアをお連れしました」


 レオンはフィーアの声に視線を向けると、そこでは従者たちが佇み、レオンの指示を待っていた。

 レオンは鷹揚に頷き、従者たちを見据える。


「うむ。ご苦労だった。お前たちを呼んだのは他でもない。この場所に、私の屋敷を建てて欲しいのだ」


 ズィーベンは周囲を見渡し、「ここに?」と、眉間に皺を寄せた。

 周囲は殺風景な倉庫街、不審に思うのも無理はない。


「レオン様、この場所とは、この塀で囲まれた場所でございますか?」

「その通りだ。屋敷は大きくなくともよい。サラマンダーが適度に動ける庭も用意せよ」

「はっ!ご命令とあらば」

「アハトとノインはズィーベンを手伝い、屋敷の内装や、家財道具を用意しろ」

「畏まりました」

「フィーア、お前は敷地内に結界を張れ、認識阻害の魔法も忘れるな」

「お任せ下さい」


 レオンは最後に司祭ドルイドのバステアへ視線を移す。

 バステアは初老の男性エルフで、若草色の長い髪を靡かせながら、レオンの命令を心待ちにしていた。

 レオンから直接声を掛けてもらえることは滅多にない。

 緊張した面持ちで、その時を静かに待つ。


「バステア、お前は確か植物の育成に長けていたな。お前には、サラマンダーが快適に過ごせる庭造りを任せる。出来るか?」

「はっ!お任せ下さい。必ずやレオン様のご期待に応えてみせます」

「うむ。では頼むぞ」


 各々がレオンの命を受け立ち去る中、残されたサラマンダーも仕事が欲しいのか、突如「きゅうきゅう」と鳴き声を上げた。


「どうした?」

「きゅうきゅう」

「ん?よく分からんな……。ゆたんぽは何もしなくともよい。邪魔にならぬ場所でゴロゴロしていろ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、言われた通り敷地の壁際でゴロゴロと回転を始めた。

 その様子ははたから見ると、遊んでいるようにしか見えない。


(えぇ……。そういう事じゃないんだけどなぁ……。まぁ、本人が楽しいならいいか……)


 レオンはサラマンダーを暫し眺めると、そっと拠点へ帰っていった。

 翌朝レオンが戻って見たのは、グルグルと目を回し、覚束おぼつかない足取りで歩く、サラマンダーの姿であった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダーゆたんぽ 「ゴロゴロって楽しいよね?」

粗茶 「そんなに楽しいなら、次回は炎の中でゴロゴロさせてやろうじゃないか」

サラマンダーゆたんぽ 「僕、炎の完全耐性持ってるから凄く楽しそう!」

粗茶 「そんな馬鹿な……。お肉なら、黙ってこんがり焼かれるが礼儀なのに……」

サラマンダーゆたんぽ 「!?、僕お肉じゃないからぁあああああ!!」



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