冒険者⑭

 サラマンダーの巨体に固まるエミーだが、そんなことはレオンの知ったことではない。

 既に騎乗魔獣として登録されているため、今更エミーが何を言っても後の祭りである。


「エミーと言ったか?早く倉庫の持ち主の元へ案内せよ」

「す、すみません。直ぐに御案内いたします」


 そうは言ったものの、やはり不安は過る。

 それを払拭するかのように自分に言い聞かせた。


(――もしかしたら、体が大きいだけで大人しい魔物かもしれない。少なくともミハイルさんのお墨付きだし――きっと大丈夫よね……)


 エミーは自分を納得させるように頷くと、静かに歩き出した。

 向かった先は繁華街の一角。大きな店の前でエミーは足を止めた。

 平屋建ての建物で、店の幅は優に50メートルはある。


「使われていない倉庫は、ここの店主が保有しています」

「店主だと?ここは店なのか?」


 レオンは軒先に視線を向けるも、広い店の軒先には何も置かれておらず、一見すると普通の屋敷のようにも見える。


「中に入ると分かりますよ」


 エミーはそう告げると店の中へと消えていき、レオンも後を追うように足を踏み入れた。

 サラマンダーは入れないため、フィーアと一緒に店の前でお留守番である。

 レオンは外観から広い店内を想像していたが、予想に反し店内は手狭に感じられた。

 それもその筈、店内には所狭しと大きな袋が山積みにされ、それが店の奥まで続いている。

 人の歩ける場所はほんの僅か、その中を奥へ奥へと進んで行くと、数人の人影が見えてきた。

 店の裏側には荷馬車が停められ、店主と思しき中年の男が、使用人に指示を出して袋を運び出している。

 それを見てレオンも、「なるほど」と、納得をした。


(ここは卸問屋みたいなところか……)


 エミーはお目当ての人物を見つけると、大きく手を振って声を掛けた。


「トマスさん!」

「ん?エミーちゃん?」


 エミーはトマスと呼ばれた中年の男に歩み寄り、握手を求めて真っ直ぐに手を伸ばす。

 トマスはその手を握ると、懐かしそうにエミーの顔を覗き込んだ。


「お久し振りです。トマスさん」

「エミーちゃん久し振りだね。今日はギルドの買い出しかい?」

「いえ、ちょっとお願いがありまして……」

「お願い?まぁ、ギルドにはこちらも世話になっている。無理な願いでなければ力になるよ」

「本当ですか!トマスさん、使っていない倉庫を持っていますよね?」

「ああ、持ってるよ。それがどうかしたのかい?」

「その倉庫を売ってくれませんか?」

「――あの倉庫か、確かにもう使わなくなったが……。ギルドは幾らで買い取ってくれるんだい?」

「ギルドではないんです。購入したいという冒険者の方がいまして……」

「なるほど。後ろの……。お初にお目に掛かります。私はトマス商会のトマス・ネイベルと申します。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 どのような人物であれ、客に違いはない。

 トマスは自己紹介をすると、努めて丁寧に名前を訪ねた。


「レオン・ガーデンだ。わけあって広い土地が必要になった。是非、倉庫を売って欲しい」


 トマスはレオンに視線を向けると、それとなく、上から下まで舐めるように観察をした。

 確かに上等な衣服を身に纏ってはいるが、まだ若く、とても倉庫を買えるほどの金を持っているようには見えない。


「見たところお若いようですが、倉庫を購入できる資金はお持ちでしょうか?」

「それは倉庫の値段にもよるな。それと一つ聞きたい。使っていない倉庫とは、この店よりも広いのか?」


 トマスは更に訝しむ。倉庫の購入は決して安いものではない。

 本来であれば念入りに下見をして、立地条件や倉庫の大きさを確認するのが常識である。仮に倉庫が必要なくとも、土地の広さは確認して然るべきであった。

 購入する直前に尋ねるなど、正気の沙汰とは思えない。

 そんな馬鹿な買い方をするのは、頭のおかしい貴族くらいのものだ。

 トマスは小さく溜息を漏らすと、笑顔でレオンの質問に答える。


「倉庫の大きさはこの店と同じでございます。それが六棟並んでおります」

「そうか……」


(この店と同じ大きさ?随分と馬鹿でかいな。それなら一つで十分だ)


 レオンは俯き何度も頷くと、トマスに再び視線を移した。


「では、倉庫の値段を教えてくれないか?」

「そうですね。使っていないとはいえ、それなりの場所ですし……。金貨360枚で如何でしょうか?」


 それは通常の倍の相場に当たる。

 しかし、レオンはそんなことなど知る由もない。

 レオンの手持ちは精々金貨10枚、とても購入できる金額ではなかった。


(金貨360枚か、流石に高いな……。確かに手持ちの金はないが――)


 レオンは微かにほくそ笑む。


「実は金はない」


 レオンの言葉に、やはり冷やかしかと、トマスの眉がピクリと動いた。


「代わりにこれで支払いたい」


 しかし、レオンの取り出した一本の剣を見て表情が変わる。

 レオンが取り出したのはレベル60青玉剣サファイアソード。その名の通り、宝石の青玉サファイアで出来た剣であり、当然、鞘も全て青玉サファイアで出来ている。

 しかも、見た目以上に頑丈で、簡単に壊れることはない。

 さらに、剣を振るうと、軌跡が数秒青く残るという、変わった特殊効果を持っていた。

 尤も、見た目重視の剣のため、同レベルの武器と比べても攻撃力は高くない。


 トマスは吸い込まれるように、青玉剣サファイアソードを見つめ続けた。


「も、持ってもよろしいでしょうか?」

「構わんとも」


 トマスは鞘から剣を抜くと、その青く輝く刀身に感嘆の声を上げた。


「美しい。これ程の剣を何処で……」

「この剣は我が家に代々伝わる家宝だ。金貨360枚と釣り合うと思うが――これでも不服か?」

「い、いや、確かにこれは……。念のため、鑑定をしてもよろしいでしょうか?」

「鑑定?別に構わんが――時間が掛かるのは困るな」

「それでしたら心配無用です。直ぐに終わりますので――[鑑定アプレイズ]」


(ん?鑑定の魔法が使えるのか。確かにこれなら時間も掛からないな)


 鑑定をしたトマスの表情が百面相のように変わっていった。


「ほ、本物――」


 呆然と立ち尽くすトマスを見て、レオンが返答を急かす。


「そろそろ答えを聞きたい。倉庫を譲ってくれるのか。それとも、その剣にそれだけの価値はないのか。お前の答えはどちらだ?」


 トマスに話し掛けながら、レオンは断られた時のために、次の剣を準備をする。

 外套の下に隠すように持ったのは、宝石シリーズの一つ 、レベル70縞瑪瑙剣オニキスソ-ド

 しかし、その出番はなかった。

 トマスは剣を鞘に収めると、薄らと苦笑いを浮かべた。


「仰る通り、この剣であれば金貨360枚の――いえ、それ以上の価値がございます。試すようなことをして申し訳ございません。倉庫の適正な価格は金貨180枚です。六棟全てお譲りいたします。差額の金貨180枚は、今すぐにお支払いしますので、少々お待ちください」


(六棟で金貨180枚?一棟の金額じゃなかったのか……)


 トマスは近くの部屋に入ると、金貨の入った袋を持ってやって来た。

 青玉剣サファイアソードは既に手元にはない。剣の価値は金貨360枚、それを考慮するなら、直ぐにでも人目の触れない場所に移したいと思うのは普通だろう。

 トマスは金貨の入った袋を差し出すも、レオンは直ぐには手を伸ばさなかった。

 そして、気になっていたことを訪ねる。


「トマス、どうして私に本当のことを話した?倉庫の金額を誤魔化していれば、今お前が手に持っている金貨を、手放すことはなかった筈だ」


 トマスはどうしたものかと、こめかみを数回擦る。

 そして、考え込むように、僅かに瞳を閉じてから話し始めた。


「レオン様が後で倉庫の適正な価値を知れば、私は信用を失います。そうなればレオン様は、もう二度と私のところで商品を買うことはないでしょう。また、そんな話が広まれば客は遠のき、私は商売を続けられなくなります。商人にとって信用は何よりも代えがたいものです。最初に倍の金額を言ったのは、レオン様が適正な価格で、お支払いできないと思ったからです。それで、直ぐにでも諦めてもらおうと――ですが、今考えると愚かなことをしました。どうかお許し下さい」


 トマスは深々と頭を下げて謝罪した。

 その真摯な態度はレオンの心にも伝わってくる。


(いい人だな……。それっぽいことを言ってるけど、阿漕あこぎな商売をしている人間はいくらでもいるはずだ。情報統制された現代社会ですら、そんな人間は後を立たないというのに……)


「そうか……。では、その金貨はいただいていこう」

「はい。では確かに」


 レオンは袋を受け取ると、中身を確認せずに懐に仕舞い込んだ。

 それはトマスを信用しているという証。レオンの粋な仕草に、トマスの顔も自然と綻んでいた。



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