冒険者⑬

 一行は翌朝の早朝から素材の回収を行い、昼には街への帰路についた。 

 サラマンダーは当然のように街の入口で止められ、フィーアを残し、レオンだけが冒険者ギルドに足を運んだ。

 ギルドに入り、カウンターに視線を向けると、ミハイルたちは依頼の報告をしている真っ最中であった。

 いつものカウンターが空いており、レオンが目の前に立つと、ニナが明るく挨拶をしてくる。


「レオンさん、いらっしゃいませ」

「騎乗魔獣の登録がしたい」

「ミハイルさんからお話は伺っております。騎乗魔獣の登録は問題ございません」


 隣に視線を向けると、ミハイルがレオンを見て頷き返した。

 話は通してある。と、言いたいのだろう。


「そうか、では手続きを頼む」

「それでは手続きに銀貨10枚いただきます」


 レオンは銀貨20枚を取り出すと、代筆を頼むと伝え、その内の10枚をニナに手渡した。

 ニナは銀貨を受け取り、快く了承する。 


「いつもありがとうございます。少々お待ちください」


 ニナはそう告げると書類の代筆を始める。

 ある程度書き進めると、不意にその手を止めてレオンに視線を向けてきた。


「レオンさん、騎乗魔獣のお名前は何と仰るのでしょうか?」

「名前?名前はサラマンダーだ」

「あ、いえ、種族名ではございません。騎乗魔獣に付けるお名前です」

「サラマンダーでは不味いのか?」

「騎乗魔獣を種族名で呼ぶ方はいらっしゃいません。新たに名前を付けられた方がよろしいかと」

「名前か、考えてなかったな……」


 レオンは腕組みをして暫し黙考した。


(赤いからな。外見から、タバスコ、トマト……、何か違う気がする。いや、難しく考える必要はない。ここはもっと簡単に……)


「よし。名前はにする」

「ゆたんぽ、でございますか?」

「その通りだ」


(うんうん。体が暖かいサラマンダーには、これ以上ないくらい、お似合いの名前だな)


 ニナは変わった名前を聞いて、「ゆたんぽ?」と、首を傾げるも、言われた通りに名前を書き込む。

 全ての記入が終わると、書類を持って奥に消え、暫くすると腕輪ブレスレットを片手に現れた。


「この腕輪ブレスレットは、サラマンダーが騎乗魔獣であることを証明するものです。常に身につけてください」


 レオンは冒険者の腕輪ブレスレットと並ぶように、左の手首に騎乗魔獣の腕輪ブレスレットを嵌めた。


「これで手続きは終了だな?」

「はい。お疲れ様でした」


 隣を見るとミハイルの姿はなく、部屋の片隅でガストンやベイクと話をしていた。

 報酬の入った袋を手にしていることから、取り分の話でもしているのかもしれない。

 そんなところに話し掛けるのは野暮と言うもの。

 そのまま立ち去ろうとしていると、それに気付いたベイクがレオンに声を掛けた。


「じゃあなレオン。フィーアちゃんによろしくな」

「レオンさん、ありがとうございました」

「別にそんな挨拶など必要ないだろ?どうせ明日になれば、ここでまた顔を合わせることになる」

「確かにガストンさんの言う通りですね」

「分わかんねぇだろ?ギルドに来る時間帯が違うかもしれねぇし、すれ違いはよくあるからな」


 そんな三人の声を背中に受けて、レオンはただ片手を上げて立ち去っていった。


 街の外に出るとサラマンダーが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 頭を撫でる度に「きゅうきゅう」鳴いて、とてもいとおしい。

 レオンはサラマンダーを撫でながら言い聞かせるように語りかけた。


「これから街に入るが、絶対に炎は出すなよ。人間や馬を襲うのも駄目だ。よいな?」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、分かったと言わんばかりに頭を下げた。

 フィーアとサラマンダーを従え街に入り、レオンはサラマンダーを泊められる宿を探す。

 しかし、どの宿もサラマンダーお断り、厩舎を備えている宿もあるが、馬が怯えるため絶対に駄目だとかたくなに譲らない。

 行く当てもないため、結局、冒険者ギルドへと戻ってきた。

 ミハイルたちは部屋の片隅で談笑しており、レオンを見ては何故いるんだと首を傾げている。


(さっき、格好良く立ち去ったのに情けない……)


 レオンはそんなことを思いつつも、ニナの前に顔を出す。


「レオンさん、どうなされました?……まさか!私の手続きに不備でもあったのでしょうか?」


 ニナは焦る。

 先ほど銀貨を10枚も貰ったというのに、これで手続きに不備でもあったら信用を失いかねない。

 しかし、レオンの次の言葉で胸を撫で下ろした。


「いや、そうではない。どの宿もサラマンダーお断りでな。騎乗魔獣を持っている冒険者は、宿をどうしているのか聞きに来た」

「そういう事でしたか……。騎乗魔獣を持っている冒険者は、みなさんお屋敷を買われていると聞いたことがございます」


(家ではなく、お屋敷か……。騎乗魔獣を飼うには、それなりの広さが必要なんだろうな。さぞお高いに違いない……)


「それなら、今すぐに購入できる屋敷を知らないか?」

「今直ぐでございますか?流石にそれは……」

「では、屋敷でなくとも良い。土地や倉庫など、取り敢えず広い場所を購入出来ないか?」

「……申し訳ございません。私はそのようなことにうとく、全く存じ上げません」


 ニナが申し訳なさそうに頭を下げる中、隣の受付嬢が割って入った。


「使われていない倉庫ならございます。売ってもらえるかは分かりませんが……」

「それは本当か?持ち主のところに案内してくれ。礼はする」

「本当ですか!?あっ!私はエミーと申します。困ったことがあったら何でも仰ってください」


 エミーは此処ぞとばかりに自分を売り込む。

 今まで隣でニナのことを見ていただけに、どれだけ美味しい思いをしているのかも知っていた。

 そのため気合の入れようも半端ではない。

 エミーはカウンターを出ると、レオンの手を引き、急かすように連れ出した。

 しかし、ひょっこりと顔を覗かせるサラマンダーを見て顔が青褪める。


「え!?あの、サラマンダーってこんなに大きいんですか……」

「なんだ?見たことがないのか?」

「じ、実物を見るのは初めてです。ミハイルさんが、レオンさんの騎乗魔獣にしても問題ないと仰るので、ニナにも許可を出したんですけど――これ、絶対に駄目ですよね?」


(駄目ですよね?とか、言われても知るか!騎乗魔獣の許可はもらったんだ。今更取り消すなんて認めないからな!)





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「ゆたんぽ……。名前がかっこ悪い。ネーミングセンスを疑うレベル……」

粗茶 「そんな馬鹿な……」


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