冒険者⑫

 最初に手にしたのは黄金色こがねいろのスープ。

 中身はドラゴンの肉に根菜と思しき野菜、それに香草と思しき葉が乗せられている。 

 レオンはさじをスープに浸すと、口の中に運び入れた。


 根菜の甘味なのか、口いっぱいにスープの旨味と甘味が広がり、思わず顔が綻んだ。

 恐らく香草が利いているのだろう。後味もすっきりとしていて、何杯飲んでも匙が止まらない。


 次に白い根菜に匙を伸ばす。

 根菜はしっかりと中まで火が通されており、口の中でほろっと崩れた。

 ホクホクとした食感はじゃが芋に似ているが、さつま芋のような甘さもある。じゃが芋に蜂蜜を少し垂らしたような感じだが、これがまた美味い。

 スープと一緒に口に入れると、口の中で、根菜の甘味とスープの旨味が程よく調和する。


 レオンはいよいよドラゴンの肉に匙を向けた。

 匙を入れると肉は簡単にほぐれ、匙の上にちょこんと乗る。それはもう、食べてくださいと言わんばかりだ。

 しかし、レオンは肉に対し若干の抵抗がある。ひと呼吸おいて、恐る恐る口に運んだ。

 すると、肉の油は舌の上で溶け出し、軽く噛んだだけで肉の旨味が溢れ出してくる。

 気付ば、ドラゴンの肉は溶けるようになくなっていた。

 余りの美味しさに何度も匙が往復する。

 食べ進める内に、肉の下に他の根菜が隠れているのが見て取れた。

 薄くスライスされたそれは、食べられる時を待っていたかのように、器の下に沈んでいる。

 レオンは匙ですくい上げると、その根菜に視線を落とした。見た目はゴボウのような、硬い繊維質の根菜に見える。

 口に入れると、やはりゴボウのような歯ごたえがあった。

 噛む度にボリボリと心地良い音がするが、その味はゴボウではなく人参に近い。

 簡単にほぐれる食材が多い中、この程よい歯ごたえが、食感に強弱を与えてくれた。

 ドラゴンの肉と一緒に頬張ると、食感の変化も楽しく、違う味わいになる。

 黙々と食べ進め、黄金色のスープは瞬く間になくなっていった。


 レオンは「ふぅ」と、人心地つくと、今度はとろみあるスープに視線を移す。

 見た目はビーフシチューのようにも見えるが、スパイシーな香りが鼻腔を通り抜ける。

 スープを飲み干したばかりだと言うのに、その食欲をそそる香りに思わず手が伸びた。

 レオンは匙をスープに沈め、口の前に持ってくる。

 唇が触れると、ぴりっとした刺激がレオンに襲い掛かった。だが刺激だけではない。後から波打つように旨みが押し寄せてきた。

 我慢しきれず口に入れると、舌を刺すような刺激が広がる。そして、その刺激を飲み込むように、旨味が口の中を覆い尽くした。

 ビーフシチューを辛くしたような、なんとも癖になる味である。


(これはご飯が欲しくなるな)


 周囲を見渡すと、みなパンのようなものをスープに浸して食べていた。

 レオンもそれに習い、目の前のパンと思しきものに手を伸ばす。それは手頃な大きさにスライスされてはいるが、見た目は黒く、手に持つと固いのが分かる。

 試しにかじると、味は間違いなくパンであった。

 レオンも周りを真似て、パンをスープに浸してみる。すると、とろみのついたスープがパンに纏わりつき、ズシッと重さを増す。

 見た目はバケットにビーフシチューをつけているのと変わりない。

 堪らずレオンも口の中に放り込んだ。

 僅かにしなっとしたパンと、スープの辛さが絶妙に美味い。

 隣を見れば、フィーアもレオンを真似て美味しそうに食べていた。


 レオンはもう一度パンを手に取ると、スープの中に沈めてみる。

 すると、パンをそのまま寝かせて、スープの具材をすくい上げた。

 最初に口に入ったのは、じゃが芋のような根菜。口の中で崩れると、根菜の甘味が辛さを中和するように広がる。

 そして根菜を飲み込むと、後から辛味が口の中を刺激した。根菜の甘味がスープの辛味を際立たせているのかもしれない。

 この辛さがまた病みつきになる。間髪入れずに、匙がスープの中に飛び込んだ。

 一頻ひとしきり根菜を食べ満足すると、いよいよ肉に取り掛かる。

 肉はしっかりと形を残し、少し固そうに見えたが、レオンはお構いなしに、丸ごと一気に頬張った。

 噛む度に肉汁が溢れ、ほど良い弾力で歯を押し返す。肉本来の味と、スープの味が混ざり、口の中で一体となる。

 レオンはひたすら食べ続け、最後にスープの底に沈んだパンをすくい上げた。

 パンはスープをすって膨れ上がり、中まで柔らかくなっている。

 口に運び噛み締めると、じゅわっとスープの旨味が溢れ出した。

 レオンは名残惜しそうに全てを飲み込み、静かに器を地面に置いた。


 その様子を見てミハイルが笑いかける。


「ドラゴンの肉はどうでしたか?」

「美味しいな。これなら毎日食べたいくらいだ」

「ドラゴンが現れることは滅多にありません。食べられるのは今のうちですよ。折角ですから、串焼きも食べてみませんか?」

「うむ。いただくとしよう」


 レオンは肉が刺された串を二本受け取り、その内の一本をフィーアに手渡した。

 直火で焼かれた肉の表面は少し焦げてはいたが、それがまた香ばしい匂いで思わずよだれが溢れ出る。

 齧り付くと、カリッとした食感の後に、じゅわっと肉汁が溢れ出た。

 特に油の旨味が強い。ぎゅっと噛み締めると、溶け出した油の旨味が口の中に広がっていく。

 肉の歯ごたえもあり、一本だけでも十分食べごたえはあった。


 全て食べ終え満足すると、レオンは夜空を見上げて思う。

 たまには食事をするのも悪くないな、と。

 こうして、ドラゴン討伐の一日は過ぎ去っていった。






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サラマンダー 「僕、まだ生きてるよ?」

粗茶 「奇跡!」




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