冒険者⑪

「今日の作業はこれで終了しませんか?」

「俺も腹が減って死にそうだ。早く飯が食いたい」


 ガストンはミハイルに同意すると、大袈裟に自分の腹を摩って見せた。

 結局、ドラゴンの解体は一日では終わらず、今日はこの場所で野営をすることになった。

 昼からこうなることを予想していたのだろう。

 ミハイルの指示のもと、午後に入ってから数人のポーターが、食事と野営の準備をしていた。

 そのため、既に食事の用意は整っている。

 石で作った即席のかまどの上には、大きな鍋が二つ乗せられ、その中では見たこともない具材が、グツグツと音を立てながら煮込まれていた。

 その他にも、串に刺された肉が竈で炙られ油を滴らせている。

 周囲には食欲をそそらせる匂いが立ち込め、いつしか竈を囲うように人が集まっていた。

 二つの鍋を見て、ガストンが「おぉ!」と声を上げる。


「鍋が二つとは随分と豪勢だな」

「依頼は一日で終わりましたからね。水も食料も、まだまだ豊富にあります。今日は沢山食べてくだい」

「流石ミハイルだ。気が利くじゃないか」


 ガストンはドカっと腰を落とすと、早く配膳しろと、ポーターを急かすように見つめた。

 レオンも同じように腰を落とし、鍋に視線を向ける。


(確かドラゴンの肉を入れてたよな……。大丈夫なのか?)


 ずっと高みの見物を決め込んでいたレオンは、切り分けたドラゴンの肉を調理しているところも見ていた。

 そのため、鍋に投入した肉や、竈で焼かれている肉も、全てドラゴンの肉だということは分かっている。

 ただ、この世界では肉に関して良い思い出はない。

 屋台で食べた獣臭い肉の味が脳裏を過ぎる。

 レオンがしかめっ面をしていると、隣に座るフィーアも、心配そうに鍋を見つめていた。

 そんな二人が気になったのか、ミハイルはレオンの隣に座ると、心配するように二人の顔を覗き込んだ。


「お二人とも暗い顔をして、どうしたんですか?」

「ミハイルか。屋台で食べた臭い肉を思い出してな……」

「臭い肉ですか?……もしかしてレオンさん、串に刺さった肉を食べませんでしたか?」

「食べたが――よく分かったな?」

「あれはジャイアントラットの肉を使っていて、独特の臭みがあるんですよ。その臭みが好きだと好んで食べる人もいますが、嫌いな人も大勢いますから」

「そうなのか?」

「実は僕も、あの肉は嫌いなんです。でも今回はドラゴンの肉を使っています。多分レオンさんでも大丈夫だと思いますよ」

「ミハイルがそう言うなら食べてみるか……」

「是非、そうしてください。きっと美味しいですから」


 ミハイルはそう告げてレオンに微笑みかける。

 話を聞いていたベイクが、フィーアの隣に腰を落として口を開いた。


「もしかしてフィーアちゃんも肉が嫌い?でもドラゴンの肉って超上手いんだぜ?」


 フィーアはベイクを一瞥すると、無視するようにレオンに視線を移す。


「レオン様、お食事の前に、お体をお清めいたします」

「そうだな。では頼む」

「畏まりました。[洗浄ウォッシュ]」


 レオンのみならず、その場にいた全員の体が一瞬で洗い流される。

 血が付着した武具も綺麗になり、汗による匂いやベタつきもなくなっていた。

 突然のことに、その場の誰もが戸惑う。


「うおぉ!なんだこれ?フィーアちゃんの魔法?」


 ベイクが驚き声を上げると、自然とフィーアへ視線が集った。

 しかし、フィーアはそれらを無視。話したくないと言わんばかりに、レオンのことだけを見つめていた。

 ミハイルは小さく溜息を吐き出すと、仕方なしに、フィーアの代わりに説明を始めた。


「フィーアさんが使ったのは洗浄ウォッシュと呼ばれる魔法で、体や衣服を清める効果があります。主に神官が使う魔法ですね」

「こんな便利な魔法もあるのか。汗臭くないぞ」


 ガストンは自分の匂いを嗅ぎながら感心していた。

 数人の男たちが、ガストンを真似て鼻を鳴らし、驚いているのが見て取れる。


「それより早く食事にしましょう。早く食べて眠らないと、明日の朝、起きられなくなりますよ」

「おっと、そうだった。先ずは飯だ。早く持ってきてくれ」


 ガストンに急かされ、ポーターたちがスープの入った器を配りだした。

 一つは黄金色に透き通るスープ。もう一つは、とろ味のあるスパイスの香りが効いたス-プ。どちらも食欲をそそる美味しそうな匂いがする。

 その匂いに誘われたのか、いつの間にかレオンの後ろでは、サラマンダーがよだれをダラダラと垂らしていた。


「きゅうぅぅぅ」


 切なそうなサラマンダーの声に、レオンも思わず振り返る。

 そこには物欲しそうに鍋を見つめるサラマンダーの姿があった。

 その様子にいち早く気付いたガストンが、切り分けてあったドラゴンの肉を指差す。


「レオン、あそこにあるドラゴンの肉を食わせてやれ」

「よいのか?」

「ドラゴンの肉も全部持って帰ることは出来んからな。何より腹を空かせてる奴を放って置けるか。ミハイルとベイクも構わんだろ?」

「勿論です」

「俺も問題ないぜ。どうせ殆どの肉は捨てることになるんだ」

「この通り、二人の許可も取った。早く肉を食わせてやれ」


(ガストンは案外いい奴だな……)


 レオンはサラマンダーに視線を向けると、切り分けてある肉の塊を指差した。


「あの肉を食べても構わん。だが、それ以外の肉は食べるなよ」

「きゅう」


 サラマンダーはひと鳴きすると、レオンの元を離れて肉の塊に齧り付いた。

 美味しそうに肉を頬張るサラマンダーを遠目に見て、レオンも目の前のスープに視線を落とした。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



サラマンダー 「僕もしかしてドラゴンにジョブチェンジできる?」

粗茶 「ふぁ?戯言を言い始めたぞ」

サラマンダー 「だってドラゴンのお肉食べたし、よくゲームでそういうのあるよね?」

粗茶 「いやいや、君はお肉にしかジョブチェンジできないから。何を食べてもジョブチェンジできるのはお肉だけだから。そろそろ、自分がお肉だってことを自覚しようよ?」

サラマンダー 「何でぇえええええ!?」

粗茶 「と、いう訳で、次回はお料理回です。次回105話:サラマンダー煮込み!」

サラマンダー 「いやだぁあああああ!!」


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