冒険者⑩

 レオンがサラマンダーに視線を向けると、未だにフィーアの説教が続いていた。

 服従の姿勢なのだろう。ずっと逆さになり「きゅうきゅう」鳴いているサラマンダーが不憫でならない。


(一体いつまで叱るつもりだ?ずっと逆さで可哀想じゃないか……)


「――レオン様の御身に触れて良いのは、レオン様に選ばれし従者のみ。お前の様なトカゲ風情が、気安く触れて良いお方ではないのです。そもそも、お前は――」

「フィーア、もう許してやれ。サラマンダーも十分反省をしている」

「ですが、このトカゲには多少きつく言った方が――」

「必要ない。それに、何でサラマンダーが叱られている?」

「レオン様の御身に触れたからです!」


(……はぁ?それだけ?以前からおかしいとは思っていたが、うちのフィーアさんの頭は大丈夫なんだろうか?)


「フィーア、私はそんなことは気にしていない。今後、このような馬鹿な真似は絶対にするな」

「それでは、レオン様の御身に触れる、不敬な輩を見逃せと仰るのですか?」

「触れるだけなら構わんだろ?過剰に反応するな」

「レオン様がそこまで仰るなら……。トカゲ、レオン様の寛大なご配慮に感謝なさい」

「きゅきゅう、きゅう」


(やっぱり可愛い……。でも、拠点にいるペットはプライドが高いんだよな。連れて行ったら喧嘩になるかもしれない。この子は街で飼えないかな?)


 言葉を理解できるのか、サラマンダーは許しの言葉を貰うと、ゴロンと回転して元に戻った。

 ベティが身構えるも、レオンが直ぐに静止する。


「よせ!サラマンダーに敵意はない」

「んなもん信じられるか!」


 ベティの意見は最もであった。冒険者になりたての新人に何が分かるものか。

 言葉を鵜呑みにして殺されたら、たまったものではない。

 だが次の瞬間、レオンの言葉を後押しするかのように、ミハイルの声が聞こえてきた。


「ベティ!危険はないから武器を下ろして!」


 自分たちのリーダーには逆らえないのか、ベティは渋々武器を収める。

 ドカドカと足音を立てながら、ガストンたちがやってくるも、レオンがサラマンダーを撫でているのを見て、驚きを通り越して呆れていた。

 それはベイクも同様である。レオンに頬ずりをするサラマンダーを怪訝そうに見ると、武器を下ろして溜息を漏らした。


「はぁ~。レオン、そのサラマンダーに危険はないんだな?」

「この通り私に懐いている。可愛いではないか」

「か、可愛い?お前の美的感覚おかしいんじゃないのか?」

「失礼な奴だな。それは暗に、私の妻は可愛くないと言っているのか?」

「ちげぇよ!フィーアちゃんは超絶可愛いに決まってんだろうが!」


 話があらぬ方向に向かい、ガストンが肩を竦めた。


「お前らは何の話をしてるんだ……。ベイク、お前はちょっと黙ってろ。レオン、そのサラマンダーをどうするつもりだ?お前に懐いてるようだが、街には入れんぞ?かと言って、このまま野放しにすることもできん。今すぐ殺すしか手はない」

「馬鹿なことを言うな。人間は殺さぬように言ってある。街に入れても問題はない」

「あのなぁ、どう考えても問題はあるだろ?それに、サラマンダーが人の言葉を理解できると思っているのか?」

「うむ。このサラマンダーは賢い。お前よりも賢い」

「何でだよ!!」

「きゅうきゅう」

「はら、この通り、落ち込むなと励ましているぞ?」

「適当なことを言うな!俺は真剣にだな――」

「ガストンさん落ち着いてください」


 見かねたミハイルが間に入るも、ガストンは納得しかねると、憮然とした表情で俯いていた。

 ミハイルもそれは当然だろうと苦笑するも、先ずは話を進めるためにレオンへと向き合う。


「レオンさん、サラマンダーを街に入れる方法はあります。騎乗魔獣として、ギルドに登録することです」

「騎乗魔獣だと?」

「はい。冒険者の中には、捕らえた魔物を自分の足がわりに使う人もいます。尤も、ギルドの厳しい審査がありますから、誰でも騎乗魔獣を持てる訳ではありませんが……」

「なるほど。ギルドに登録か」


 納得したように何度も頷くレオンを見て、ミハイルは更に話を進める。


「先程から見ていましたが、恐らくレオンさんであれば問題ないかと」

「うむ。では決まりだな。街に戻ったら、早速手続きを行うとしよう」


 しかし、ミハイル以外の冒険者は表情を曇らせた。

 Gランクの冒険者が騎乗魔獣を持つなど前代未聞である。

 ギルドの審査を通るのかと、ベイクが疑問を呈した。


「ミハイル、それはいくらなんでも無理があるんじゃないか?騎乗魔獣にするためには、それを押さえ込むだけの実力が必要なんだぞ?」

「それなら問題ありません。先ほどフィーアさんお一人で、サラマンダーを屈服させていましたから。ギルド派遣のポーターも見ていたので、街に戻ればギルドに報告は上がります」

「まじかよ……。フィーアちゃんって、もしかして凄く強い?」

「少なくとも僕よりはずっと強いですね」

「げっ!お前より強いとか冗談だろ?」


 ベイクが疑うのも無理はない。

 ミハイルは、この国では知らぬ者はいないAランクの冒険者。

 そのミハイルより強いと言うことは、フィーアの実力はSランクに匹敵しておかしくない。

 話を聞いていた他の冒険者も、唯々唖然とする他なかった。

 ミハイルのランクを知らないレオンとフィーアだけが、取り残されたように話について行けずにいた。

 ガストンが呆れたように地面に倒れ込む。


「もう俺は知らん。後はギルドが判断するだろ」

「ふむ。どうやら騎乗魔獣の登録は問題なさそうだな。で?これからどうするのだ?」

「先ずは手分けして、ドラゴンの素材を回収しましょう」


 ミハイルの言葉を皮切りに、ポーターも含めた総出で、ドラゴンの解体が始まる。

 レオンとフィーアも最初は素材の回収に参加していたが、自分たちが貰う分の鱗を回収してからは、ずっと高みの見物を決め込んでいた。

 小振りとはいえドラゴンである。鱗は硬く剥がれにくく、牙や爪も簡単に切り落とせるものではない。

 ドラゴンを討伐したのは昼前にも関わらず、陽が沈むのはあっという間であった。


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