冒険者⑨
「こんなところにサラマンダーだと?」
訝しむガストンの言葉にみな一様に重い腰を上げた。
サラマンダーは冒険者に視線を向けて、長い尻尾を地面に何度も叩きつける。
それは大地を揺るがし、レオンの元まで振動が伝わってきていた。
威嚇とも思える行動に、ベイクが言葉を吐き捨てる。
「こっちを威嚇してるのか?舐められたもんだぜ」
「あの様子だと今にも襲ってきそうだな。被害が出てからじゃ遅い。ここで仕留めるぞ」
「僕もガストンさんの意見に賛成です。サラマンダーを野放しにするのは危険ですから」
「ベイク、お前も文句はないな」
「逃げても追ってきそうだしな。背後から襲われるのは御免だぜ」
「よし、各自戦闘準備を整えろ。時間はないぞ」
冒険者たちは戦いを覚悟する。
ガストンらが戦いの準備を着々と進める中、レオンだけが呆然と立ち尽くしていた。
サラマンダーの意味不明な行動に首を傾げるも、いくら考えても答えが見いだせない。
(俺はさっき人間を襲うなと、ノエルに連絡を入れたはずだぞ?うちの子は何がしたいんだ?訳が分からん)
「フィーア、あのサラマンダーは先程から何をしている?」
「恐らく、レオン様にお会い出来て嬉しいのかと」
「へぇ……。ん?今度は首を上下に動かし始めたぞ?あれは何だ?」
「恐らく、レオン様、ここにいますよ。と、アピールをしているのではないでしょうか」
「…………」
(なにそれ?ちょっと可愛いかも。とか思ってしまったろうが!)
堪えきれなくなったのか、サラマンダーが滑るように接近してくる。
その素早さに、ガストンが思わず声を上げた。
「こいつ速いぞ!急いで散開しろ!」
「しかも速いだけではありません!今まで見てきた、どのサラマンダーよりも大きい!」
「あぁ、もう、ドラゴンの後だぜ?何でこうも大物ばっか出やがるんだ!」
「ベイク!つべこべ言わずに動け!」
「動いてんだろが!お前は何処を見てやがる!!」
「お二人とも喧嘩は後です!僕のパーティーが正面を請負います!」
「じゃあ俺のパーティーは右だ!ベイクのパーティーは左に回れ!」
「一々言われなくても分かってるよ!レオン!お前らはそっから動くなよ!」
冒険者は一斉に駆け出し、見る間にレオンたちから遠ざかっていった。
ドラゴンの時と同じように、ミハイルがサラマンダーに魔法銃を向け、トリガーを引いた。
真っ直ぐミハイル――レオン――に向かって突進してくる。
「ベティ!」
「任せな!!〈不動金剛盾〉」
ベティと呼ばれる大柄な女性が盾を構え、サラマンダーの前に立ちはだかる。
盾でサラマンダーの突進を受け止め、左右から一斉に攻撃が繰り出される筈であった。
しかし、サラマンダーはベティの眼前で直角に曲がり、しかも、速度を緩めることなく後方に駆け抜けていった。
その動きにベティが信じられないと声を上げる。
「
「不味いです!皆さん早く戻って!!」
「くそがぁあああああ!!待ちやがれぇえええええ!!」
ミハイルの声にガストンがドカドカと走るも、とても追いつける速度ではない。
それはベイクも同じこと、走りながら剣技を繰り出すも、距離が遠すぎるのか、命中してもサラマンダーは意に返さない。
それはミハイルの魔法銃も同じであった。
雨の様な
遂には魔法銃のカートリッジも空になる。
レオンに突進するサラマンダーを見て、ミハイルがあらん限りの声を上げた。
「レオンさん逃げて!!」
ミハイルの悲痛な叫びが草原に木霊する。
しかし、サラマンダーは目と鼻の先、誰の目から見ても逃げるのは不可能に見えた。
ポーターが逃げ惑う中、レオンはどうしたものかと俯き思い悩んでいた。
(馬車の件はドラゴンがやったことに出来るし、今更サラマンダーを殺す意味がないんだよな。ちょっとだけ可愛いし……)
誰もが食べられると思った瞬間、サラマンダーはピタリと足を止めていた。
「きゅう、きゅう」
可愛らしい声にレオンが顔を上げると、目の前にはサラマンダーの姿があった。
甘えるように頬を当ててくる様は何とも
その様子にレオンが感激していると、不意にサラマンダーの巨体が吹き飛ばされた。
サラマンダーは数メートルも吹き飛ばされ「きゅうきゅう」悲しげに鳴いている。
フィーアはサラマンダーに歩み寄り、許せないと言わんばかりに、その瞳を鋭く睨みつけた。
「レオン様の御身に触れるとは何事ですか!!身の程を
叱られたサラマンダーは、ゴロンと仰向けになり、「きゅきゅう」と鳴き声を上げている。
その様子にレオンのみならず、その場にいた誰もが目を丸くしていた。
(何やってんだフィーア!!俺たちは初心者の冒険者なんだぞ!)
だが時既に遅い。最初に駆け付けたミハイルが我が目を疑うようにレオンに訪れる。
「レオンさん。これは一体どういうことですか?フィーアさんがサラマンダーを殴ったように見えたんですが……」
「うむ。殴り飛ばしたな」
「殴り飛ばしたなって……」
ミハイルはサラマンダーの巨体を見て眉間に皺を寄せた。
恐らく体重は数千キロ、いや、もっとあるかもしれない。
そのサラマンダーを力でねじ伏せるには、一体どれ程の筋力が必要だろうか。
「いや、普通無理でしょう?何処にサラマンダーを殴り飛ばす女性がいるんですか?」
「目の前にいるではないか。フィーアはあれで中々強い。サラマンダーに遅れを取るほどやわではない」
「そんな馬鹿な……」
訝しむミハイルであったが出来ないことはない。
殴ったように見えただけで、スキルや魔法で吹き飛ばすことは可能であった。
尤も、あれ程の巨体を吹き飛ばすことが出来るのは、超一流の冒険者のみである。
つまりそれは、フィーアがそれだけの実力者であることを物語っていた。
ミハイルが思考を巡らせる間も、何故かサラマンダーは、フィーアから説教を受けている。
その光景は何処からどう見ても、サラマンダーがフィーアに屈服しているようにしか見えなかった。
自ずとミハイルの答えも導き出される。
(やはりフィーアさんは只者ではない。もしかしたらレオンさんも……)
レオンもフィーアの行動は不味いと感じていた。
実力を隠して目立たないようにするつもりであったが、少なくとも今回の件で、サラマンダーより強いと認識されてしまったのだから。
だがレオンは短絡的に、まぁいいか。と、直ぐに開き直っていた。
所詮はレベル32のサラマンダーである。これより強い人間はいくらでもいるだろう、と。
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