冒険者⑧

 歩き続けて何時間になるだろうか。

 不意に先頭を歩くベイクが足を止め、手を横に払い後ろの動きを静止させた。

 それだけで周囲の緊張は一気に高まり、みな警戒心を最大まで引き上げた。

 各々が武器を取り身構え、周囲に目を凝らすも、ドラゴンの影は見当たらない。

 だが、ベイクは微かにドラゴンの咆哮を聞いた気がした。聞き間違いではないと己を信じて空を見上げ、そして声を張り上げた。


「上だ!!」


 ベイクの声と同時に一斉に空を見上げる。

 太陽の眩しさに一瞬視界を見失うも、確かに太陽と重なるように黒い影が見えた。

 相手もこちらに気付いたのだろう。上空を旋回しながら、黒い影は次第に大きさを増し、レオンらの元に迫り来る。

 その影を見てガストンも声を張り上げた。


「散開!!予定通りミハイルは奴を引きつけろ!俺は右に回り込む!ベイクは左だ!」

「了解しました!」

「分かってるって!」

「レオンたちはポーターと一緒に離れていろ!俺らが呼ぶまで待機だ!」


 離れていくガストンらの背中を見送り、レオンは空の主を見上げた。


(うちの子じゃない!?お前どこの子だよ!!)


 其処に居たのは紛れもないドラゴン。

 小振りではあるが、悠然と空を飛ぶ様は、まさに天空の王に相応しい姿であった。


(くそっ!誤算だ!まさか本当にドラゴンが出てくるとは……)


 レオンがサラマンダーはどうしよう。などと考えている間に、戦いの火蓋は切られた。

 先ず最初に動いたのはミハイル。

 魔法銃を放つが、それはドラゴンの体を掠めるに留まった。

 攻撃を受けたことで敵と認識したのだろう。咆哮を上げ、迫り来るドラゴンを見て、ミハイルはしてやったりとほくそ笑む。

 ドラゴンはミハイルに近づくと、その巨大な顎門アギトを開いて大きく息を吸い込んだ。

 次の瞬間、凄まじい炎のブレスがミハイルを襲う。

 だが、それを予見していたかのようにミハイルの魔法が放たれた。


「お見通しですよ![水の盾ウォーターシールド]」


 ミハイルの前に現れた分厚い水の壁は、ドラゴンの炎を難なく遮断した。

 自分のブレスが効かないと知ると、ドラゴンは急降下をして、その鋭い爪を突き立てる。


「ベティ!」


 ミハイルの声が届くよりも早く、大柄な女性が巨大な盾を構えて、ドラゴンの前に立ち塞がった。


「させるかよ!!〈不動金剛盾〉」


 巨大な盾は甲高い音を上げ、ドラゴンの一撃を防いで見せた。

 間髪入れずにミハイルの激が飛ぶ。


「今です!!翼に集中攻撃を!」


 その声と同時に、ガストンとベイクも動き出す。

 ガストンのパーティーはドラゴンに駆け寄ると、思い思いに右の翼に武器を叩き込んだ。


「うおぉぉおおおおお!!〈重撃列波〉」

「くたばれぇえええ!〈圧殺破砕〉」


 大剣で翼が切り裂かれ、巨大な槌で押し潰す。

 見る間に右の翼はボロボロになる。

 その一方で、ベイクのパーティーはドラゴンとの距離を保ち、遠距離からの波状攻撃を行っていた。


「貫け!〈疾風ノ矢〉」

「我らが敵を切り裂け![風の刃ウィンドカッター]」

「覚悟しな!〈烈空斬〉」


 左の翼は矢で貫かれ、魔法で切り裂かれ、そして剣技により先端が切り落とされた。

 その後も次々と左の翼を魔法や斬撃が襲う。

 こうなっては最早、飛んで逃げることもかなわない。


 ガストンらが翼を攻撃している間、ミハイルのパーティーは何もしていないわけではない。

 ドラゴンの注意を常に引き付けるため、頭部に攻撃を繰り返していた。

 如何に最強の種族と言われるドラゴンであっても、雨のように降り注ぐ魔法の矢マジックアローは無視できない。

 脚で受け止め、時にはブレスで迎撃する。


 そんな中で、ドラゴンも自分が窮地に立たされていることに焦り始めた。

 翼を大きく羽ばたかせるも上空には上がらず、翼からは激しい痛みが伝わってくる。初めて身近に死を感じて、遂には形振なりふり構わず炎のブレスを撒き散らす。

 だが、それすらも予見していたかのように、ミハイルが水の盾ウォーターシールドを唱えていた。


 次第に弱まるドラゴンの隙を突いて、ガストンはドラゴンの背に飛び乗った。

 その手に握られているのは、鋭く先の尖った西洋風の槍。それを大きく振り被ると、ドラゴンの首元に照準を合わせた。


「これで仕舞いだ!!〈千枚通し〉」


 ガストンは腕をねじり、槍を回転させながら、ドラゴンの首元に突き立てた。

 槍はドラゴンの鱗を貫いて深々と突き刺さり、ドラゴンは断末魔の咆哮を上げながら暴れ狂う。

 だがそれも束の間であった。

 槍の一撃が致命傷となり、ドラゴンは遂に力尽き、地面に倒れ伏して息絶えた。

 レオンは冒険者の戦いを見て感心する。


(この世界の冒険者もやるじゃないか。ただ、残念なことにろくなスキルがないな。この分だと、魔法も期待するだけ無駄かも知れない)


 ガストンらは戦いが終わると一箇所に集まり、互の安否を確認していた。

 そして、全員の無事を確認すると、もう動けないと言わんばかりに地面に倒れ込んだ。

 僅か十数分ではあったが、それでも命懸けの戦闘である。

 体力的にも精神的にも、消耗が激しいのは言わずと知れたことであった。

 大の字になる冒険者の元に、レオンとフィーアも合流する。


「お前たち怪我はないか?」

「ああ、みんな無事だ。悪いがお前さんの出番はないぞ」

「それは何よりだな」

「それにしても、まさか一日で依頼が完了するとは思いませんでしたよ」

「ミハイルの言う通りだ。俺たちは運がいい。ベイクもそう思うだろ?」


 だが、ベイクはガストンの問いに答えない。

 街道の先を見て、返答の代わりに舌打ちをした。

 釣られるように視線を動かすと、そこにはひょっこりと顔を覗かせるサラマンダーの姿があった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


サラマンダー 「真打ち登場!ドラゴンなんて僕の前座だよね」

粗茶 「次回102話:サラマンダー実食」

サラマンダー 「え!?……冗談きついなぁ~」

粗茶 「皆に美味しく食べられます」

サラマンダー 「そんな馬鹿なぁああああ!!」

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