冒険者⑥

「さて、これでもまだ疑うつもりか?」


 流石にこれだけの魔法を見せられては反論の余地もない。

 レオンの言葉にガストンも頷くしかなかった。


「いや、俺はお前の参加を歓迎するが――その前に一つ聞きたい。もしかして、お前の妻も同じように傷が癒せるのか?」

「お前は馬鹿なのか?私は妻も回復ヒーリングが使えると言ったはずだぞ?」

「いや、そうなんだが……」


 馬鹿と言われたのにはカチンときたが、それはさておき、この回復力は異常だろうと、ガストンは自分の腕を見つめた。


(ん?歯切れが悪いな。俺が何か失敗したのか?それにあいつ自分の腕ばかり見て――あぁ、そういう事か。つまりフィーアの魔法も実際に見ないと信用できないというわけだな)


「なるほど。妻の魔法も実際に使って見せろということか。別に構わんぞ。なぁ、フィーア?」

「非常に不本意ですが、レオン様のご命令とあらば致し方ありません」

「レオン様?」


 自分の夫に敬称をつけているのが気になったらしく、ベイクがオウム返しのようにレオンの名前を呟いた。

 フィーアのレオンに対する言葉使いは、怪しまれることこの上ない。レオンもそのことは街に入る時に身を持って知っているため、ベイクの呟きにもいち早く反応する。


「元々妻は私の屋敷に使えていた使用人でな。その時の癖で、今でも私のことを敬称をつけて呼んでいる。気にするな」

「へぇ~、お屋敷住まいとは何処かの金持ちか?どうりで偉そうにしているわけだ。フィーアちゃんも大変だね」


 ベイクはそう言いながらフィーアに近づくと、肩に手を回そうと手を伸ばした。

 しかし、それより先にフィーアの持つ金属の杖がベイクの顔に突きつけられた。

 それによりベイクは動きを止め、フィーアはレオンに視線を向ける。


「レオン様、この男を殴ってもよろしいでしょうか?」


(街の人間を傷つけるなとは言ったが、この軽薄男は少し痛い目にあった方がいいのかもしれない。夫の目の前で堂々と妻を口説こうとするのは流石に駄目だろ?)


「そうだな。今度その男がお前に触ろうとしたら殴っていいぞ」

「ありがとうございます」


 何を勘違いしたのかベイクが笑みを浮かべる。


「おっ!本気マジで?殴られた程度で触っていいなら安いもんだよ。旦那公認だから問題ないよな」


 ベイクが手を伸ばした次の瞬間、ゴキッと音を鳴らしながら、ベイクの体が壁に叩きつけられ動かなくなる。

 仲間と思しき数人の冒険者が慌てて傍に駆け寄り、容態を確認して胸を撫で下ろしていた。どうやら命に別状はないらしく、鼻から血を流して気を失っているだけらしい。

 動かないベイクを見てガストンが顔を顰める。


「ちょっと待て!いくらなんでもやり過ぎだろ?お前の妻は加減って言葉を知らないのか?」

「馬鹿を言うな。ちゃんと死なないように加減しているではないか。私の妻に気安く触れようとしたその男が悪い」


 追従するようにフィーアも口を開く。レオンを擁護するというよりは本心なのだろう。眉間に皺を寄せ、さげすんだ目でベイクを見ていた。


「私に触れてよいのはレオン様だけです。それなのにこの男は――全く汚らわしい……」

「いや、確かにベイクの奴も悪いんだが、少しやりすぎなんじゃないか?」

「まぁ、よいではないか。妻の回復魔法もこれで確かめることが出来るだろ?フィーア、傷を治してやれ」


 レオンの言葉を聞いて、フィーアは心の底から嫌そうな顔を見せた。

 ゴミを見るようにベイクを見下ろして舌打ちをする。


「ちっ!レオン様のご命令とは言え、こんなゴミ男の傷を癒す羽目になろうとは。よく見ておきなさい。[回復ヒーリング]」


 フィーアの魔法は直ぐに効果を発揮する。

 仲間に数回体を揺らされると、ベイクは目を覚まして周囲を見渡す。どうやら状況が飲み込めていないらしい。

 仲間の男達がベイクの手を引いて、無理やり席に戻していた。

 その様子を見る限り、鼻から出ていた血も止まり、痛みもなさそうに見える。

 レオンはガストンとミハイルの顔を交互に覗き込んだ。


「これで回復魔法は信じてもらえたと思うが、攻撃魔法はどうする?」

「必要ない。そもそも、街中での攻撃魔法は使用が禁止されている。二人の回復魔法だけでも連れて行く価値は十分にある」

「僕もガストンさんと同意見です。貴重な回復魔法の使い手が二人もいるのは心強いです」


 二人はベイクに視線を向けて意見を求める。

 ベイクは血を拭いながら、何を今更と言った面持ちで肩を竦めた。


「俺は賛成だぜ。ガストンの傷を治した時点で、連れて行かないのはおかしいだろ?」


 他の冒険者たちも同意するように頷く。

 回復魔法の使い手は国で管理されており、人数も極端に少ない。そんな貴重な魔法の使い手を誰が拒むだろうか。 

 話も纏まった事で、ニナも会話に参加してきた。


「それでは、ギルドからの討伐依頼を詳しくお伝えします。討伐対象はドラゴン一匹。討伐期間は二週間。討伐参加人数は十六人になりましたので、ギルドの規定に基づき荷運びポーターは八人ご用意いたします。それと同時に、二週間分の食料や水もギルドでご用意しますが、これはあくまで一般的な保存食のみです。嗜好品しこうひんが必要な方は各自ご用意してください。ドラゴンが討伐できなかった場合、当然ですが報酬は支払われません。これはドラゴンを発見できなくても同じです。出発は明日の朝5時、街の西門集合になります。何か質問はございますか?」


(俺が用意するものは何もなさそうだな。それにしても討伐期間が二週間?随分と長いな……)


「一つ聞きたい。討伐期間は二週間も必要なのか?」

「そう言えばレオンさんは初心者でしたね。目撃した場所にドラゴンがずっといるとは限りません。魔物は基本的に常に移動をしていますから、見つけるのには時間が掛かるんですよ」


(それで二週間か……)


「他に質問はございますか?」


 ニナのその言葉を最後に、それぞれが冒険者ギルドを後にした。

 恐らく明日からの長旅に備えて買い出しを行うのだろう。殆どの冒険者が、陽の沈みかけた繁華街へと足を向けている。

 レオンはそれを横目に思う。ドラゴン討伐は一日で終わるのに、と。





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