冒険者⑤

「では、ガーデン夫妻に何か聞きたいことはございますか?」


 ニナの問いに先ず最初に動いたのはガストンであった。

 訝しむようにレオンを見ては何かを考え、それを数回繰り返した後、重い口を開いた。


「レオンと言ったな。報酬は必要ないと聞いたが本当か?」

「本当だ。金には困っていないからな」

「じゃ、何のためにドラゴン討伐に参加する。お前に何の利益がある?」


(何のためって、そりゃ、この世界独自の魔法やスキルを見たいからだ)


 尤も、そんなことを言えるはずもない。

 注目を集める中、レオンは予め考えていた理由をつらつらと述べた。


「ドラゴンの鱗は防具に加工できると聞いたことがある。報酬は必要ないが、ドラゴンを討伐したあかつきには、大きい鱗を数枚譲って欲しい」


 するとガストンは「むぅ」と唸り、考え込む仕草を見せる。そして顔を上げると、ひと呼吸置いてから話しはじめた。


「討伐部位も報酬に当たる。それでは約束が違うんじゃないか?」


巫山戯ふざけるな!普通はギルドの報酬とアイテムは別に考えるだろ?何で一緒にするんだよ!少なくとも俺がやってきたゲームでは別だったぞ!くそっ!今更撤回もできないし、強引に推し進めるしかないか)


 レオンは動揺を悟られないよう平静を取り繕い、さも当然のように答える。


「必要ないと言ったのは、あくまでギルドから出る報酬金のことだ。討伐部位は含まれていない。それにドラゴンの鱗数枚なら、それほど大きな損失にもならないだろ?」

「確かにそうなんだが……」


 考え込むガストンにベイクが「いいじゃないか」と、笑いかける。


「鱗数枚なら痛くも痒くもないだろ?ミハイル、お前も問題ないよな?」

「僕は別に構いませんよ」

「……お前ら二人がそう言うなら仕方ない」


 ガストンは、ムッと顔を顰めるも、二人の言葉を聞き入れた。

 だからと言って同行を許したわけではない。実力不明な冒険者を連れて行く程、ドラゴンの討伐は甘くはないからだ。

 それはベイクやミハイルも同じであった。

 何が命取りになるか分からない戦闘に、実力が不十分な冒険者を連れて行く程、二人とも愚かではない。

 今度はミハイルから質問が投げかけられた。


「レオンさんとフィーアさんは魔法が使えるとお聞きしました。どのような魔法が使えるのでしょうか?」

「最もな意見だな。全ては言えないが、私と妻は少なくとも、回復ヒーリング魔法の矢マジックアローを使える。見たところ、そちらは魔術師が少ないように見える。私たちを連れて行って損はないと思うぞ?」


 レオンの言葉に部屋中がざわめき出す。

 「嘘だろ?」「有り得ない」「馬鹿げている」「騙されるな」、否定の言葉が飛び交い、明らかに怪しんでいるのが見て取れた。

 それにはレオンも落ち込んでしまう。


(何でだよ!俺が何かおかしな事を言ったのか?お前らちょっと酷すぎない?)


 レオンの気持ちを知ってか知らずか、喧騒を収めるため、ミハイルが声を張り上げた。


「みなさん少し落ち着いてください。疑う気持ちも分かりますが、最初から決め付けるのはよくありません。論より証拠、実際に魔法を使ってもらいましょう。レオンさんも構いませんよね?」


(ミハイルも疑う気持ちは分かるのか。ちょっとショックだ……)


 ミハイルの視線を受けて、レオンは鷹揚に頷いた。


「無論、構わんとも。ちょうど怪我人がいるみたいだしな。ガストン、その包帯は飾りではないのだろう?」


 レオンはガストンの左腕に視線を向ける。

 腕にびっしりと巻かれた包帯は、その大部分が赤黒く変色しており、傷の深さを物語っていた。


「あぁ?お前にこの傷が治せるってのか?」

「無論だ。さっさと包帯を取れ。そのままでは他の奴らが傷が治ったのか分からんからな」

「くそっ!何でお前はそんなに偉そうなんだ!」


 文句を言いながらもガストンは包帯を取り外した。

 腕は黒く腫れあがり、傷には薬草と思しきものが塗られている。見るからに痛々しい姿に、隣に座るミハイルは背を向けていた。

 他の冒険者もガストンの傍に集まり、傷を見ては顔を顰めている。

 そんな中で、ベイクだけはからかう様に笑みを浮かべてガストンをはやし立てた。


「随分とヘマをしたな。そんな傷でドラゴン討伐に参加するとか。お前アホだろ?」

「うっさいベイク!この程度の傷なんでもないわ!おいレオン!いつまで俺を晒し者にするつもりだ!治せないなら治せないと早く言え!」


 レオンは「やれやれ」と、溜息を吐くと、右手をガストンに差し向けた。


「全くうるさい奴だ。[回復ヒーリング]」


 すると腕の腫れは引いていき、黒かった肌は本来の色を取り戻す。

 その様子に周囲からは驚きと感嘆の声が漏れる。

 だが、最も驚いていたのはガストンであった。

 見る間に痛みは引き、腕にあった違和感はなくなる。塗ってあった薬草を退けると、傷は跡形もなくなくなっていた。

 ガストンは完治した腕を動かして思わず「凄い」と、声を上げていた。



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