冒険者③

 ニナがお茶を持ってきてから、どれだけの時間が経つだろうか。

 レオンは懐中時計を取り出し視線を落とす。時計の針は16時を過ぎ、陽が沈む時間帯へと入っていた。

 レオンが溜息を漏らすと、フィーアは堪え切れずに言葉を荒げた。


「遅い!レオン様をこれ程長い時間待たせるとは!あの女、絶対に楽には殺さない……」


 それを聞いたレオンは頭を抱えたくなった。

 あれ程目立つなと言ってあるのに、まさかの殺人予告である。

 こいつは人の話を聞いていないのかと、思わずフィーアに訝しげな視線を向けていた。


(はぁ~、参った。ニナ、頼むから早く来てくれ。うちのフィーアさんが今にもお前を殺しそうだ……)


「フィーア、分かっていると思うが問題は起こすなよ」

「承知しております。問題が起きないよう速やかに処理いたします。ご安心ください」


(あっ、駄目だ……。この子なんにも分かってない。間違いなくる気だ)


「私の許可無く街の人間を傷つけることは許さん。よいな?」

「…………」


 レオンの言葉は届いているはずだが、フィーアは視線を落とし答えようとはしない。黙ったまま時間だけが過ぎていった。

 突然訪れたフィーアの反抗期に、流石のレオンも不安になる。


(何だよ!返事しろよ!お前どんだける気なの?)


 本人の知らぬ間に、何故かニナの命は風前の灯火ともしびである。

 このままでは不味いとレオンは再度釘を刺す。


「フィーア、よいな?」

「……畏まりました」


 返事は聞こえたが、納得はしていないのだろう。

 フィーアは拳を強く握り締め、俯いたまま顔を上げようとしない。

 その仕草にレオンはがっくりと肩を落とす。


(もうどうでもいいや。フィーアも返事を返したし、ニナを傷つけることはしないだろ……。それにしても遅いな。まだ冒険者は集まらないのか?)


 レオンの願いが通じたのか、その直後に扉を叩く音が聞こえてきた。

 扉の隙間からニナが顔を覗かせ、言葉を発しようと口を開きかけたが、それより早くフィーアの声が耳に届いた。


「遅い!こんなに長い時間レオン様をお待たせさせるなんて!本来であればその命で償ってもらうところを、レオン様の寛大なご配慮で貴方は生かされているのよ!よく覚えておきなさい!」

「……えっ?」


 ニナにとっては、まさに寝耳に水である。

 何を言っているんだとレオンも慌てふためいた。


(余計なことを言うんじゃない!ニナが戸惑ってるだろうが!)


「妻の言葉は忘れてくれ。長時間待たされて気が立っているだけだ。お前も失礼なことを言うものではない。早く謝らないか」


 レオンはそう言いながら、フィーアの頭をポンポン叩いた。

 すると、フィーアの顔は瞬く間に耳まで真っ赤になる。


「もも、申し訳ございません」


 フィーアはどもりながらも謝罪の言葉を口にした。

 レオンに叩かれた頭に手を置き、にへら笑いを浮かべている。その姿はどう見ても反省しているようには見えない。


「この通り妻も反省している。許して欲しい」


 ニナも内心では(いやぁ、全く反省してないよね?)と、思ってはいたが、そこは一癖も二癖もある冒険者相手の受付嬢、見て見ぬふりで会話を合わせた。

 何せ相手は羽振りの良い上客である。嫌われるような愚を冒すほど、ニナは馬鹿ではなかった。


「いえいえ、お気になさらないでください。奥様の仰る通り、随分とお待たせしましたから」

「そう言ってもらうと助かる。……それで?私たちはドラゴン討伐に参加できるのか?」

「そのことなのですが……。冒険者の方々は、レオンさんに直接合ってお話がしたいそうです。その上で判断すると仰っています」

「私は別に構わんぞ。頼んでいるのは此方だしな」

「それでは私の後についてきてください」


 レオンは頷き立ち上がり、ニナの後を追って部屋を後にした。

 ニナの案内で二階の一室に通されると、そこには長方形のテーブルが置かれ、十四人の男女が椅子に腰を落としていた。

 その視線の先にいるのは勿論レオンとフィーアである。二人を観察するように、絶えず視線が向けられていた。


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