牢獄

 結局、行く当てもなく、レオンは牢獄エリアへとやってきた。


(やはり、再詠唱時間リキャストタイムを無効化するすべは気になる。もし俺たちも再詠唱時間リキャストタイムを無効化できるなら、それは大幅な戦力の拡大に繋がるからな)


 レオンはそんなことを考えつつ、牢獄が連なる中を歩いていた。

 牢獄は石造りの分厚い壁で、正面には太い鉄格子が嵌められている。

 人間から巨大なドラゴンまで、用途に合わせて様々な種類の牢獄が用意されており、魔法やスキルを封じるための結界も張られている。

 絶対とは言えないが、一度入ると自力での脱出は不可能に近い。


 レオンは人間用の牢獄にお目当ての人物を見つけると足を止めた。

 そこは簡易トイレと簡素な寝台があるだけの牢獄、その中央でアインスが佇み、一人の男が尋問を受けてた。

 残りの男は地面に横たわり動く気配がない。微かに呼吸音が聞こえるため生きてはいるようだ。


「アインス、尋問は順調に進んでいるか?」


 アインスはレオンの声に踵を返し、男を放って駆け寄ってきた。


「これはレオン様、このような薄汚いところに態々わざわざおこしくださらなくとも、呼んでいただければ直ぐに駆けつけましたものを」

「少し気になってな。で?何処まで進んでいる?」

「それが……。どうやらこの世界にはレベルという概念がないらしく、アイテムはどんなものでも扱うことができるようです。試しに私の持つレベル100の短剣を持たせましたが、整然と武器として扱っておりました」

「そうか……」


(やはりアイテムはなんでも装備できるのか。厄介だな)


「それと魔法なのですが、どうやら魔法の唱え方が我々と異なるようなのです」

「異なるだと?どういう事だ?」

「我々は魔法を言葉に出し、意識することで行使できます。しかし、この世界の人間は、先ず最初に魔法陣をイメージして、それに魔力を注ぎ込むことで行使するようです」

「魔法陣?我々が魔法を使うときに出る、あれと同じものか?」

「はい。試しに魔法の矢マジックアローを唱えさせましたが、私の魔法の矢マジックアローと、全く同じ魔法陣が出現しておりました」

「なるほど……。私たちは魔法を唱えると勝手に魔法陣が出てくるが、こいつらの場合は逆で、魔法を使うためには、最初に魔法陣を作る必要があるということか」


(つまり、魔法の唱え方が違うため、今の俺たちでは再詠唱時間リキャストタイムを無効化できないというわけだな)


「その通りでございます。さらに、魔法やスキルは長年の鍛錬により身につけるようです。我々のように、職業を取得して覚えるという概念がございません。恐らく職業は取得できないものと思われます」

「レベルという概念がない世界。まぁ、そうだろうな」

「それともう一つ、気がかりなことがございます。この世界には我々の知らない魔法やスキルが存在するようなのです」

「この世界独自の魔法やスキルということか」

「はい。その使用者の多くは冒険者にいるとのことです。どうやら魔物を倒すために、独自に魔法やスキルを編み出す冒険者が多いようなのです」


(冒険者か、この世界の魔物のレベルを確認するまでは、危険なことは極力避けようと思っていたんだが……)


「アインス、森の調査に出ている三人から情報は入っているか?」

「定期連絡は受けております。先ほど受けた報告では、進捗しんちょく状況は7割程度、遭遇した魔物の最高レベルは凡そ40、レイド等の強力な魔物の存在は確認できておりません」


(随分と弱いな。いや、この国の人間の強さを考えれば当然か。街であった衛兵のレベルは恐らく10以下。もし強力な魔物がいるなら、この国は当の昔に滅んでいるはずだ。国として成り立っている以上、近隣諸国の人間も、然程変わらない強さと見て間違いないだろう。詰まる所、この周辺には脅威になる魔物は存在しないことになる)


「アインス、もう尋問は必要ない。今度はそいつらで蘇生実験をしろ。私は今一度街に行ってくる」

「畏まりました。いってらっしゃいませ」


 アインスが一礼するのを尻目に牢獄エリアを足早に出ると、レオンは転移魔法で自室へとやってきた。

 そこでは未だに、フィーア、ヒュンフ、アハトが佇み、何やらヒソヒソと話をしている。

 しかし、レオンの姿を見るや話をやめて、アハトが質問を投げかけてきた。


「レオン様、お尋ねしたいことがございます。よろしいでしょうか?」

「構わん。申してみよ」

「はっ!それでは僭越せんえつながらお尋ねいたします。レオン様は玩具おもちゃに興味がお有りだと、ヒュンフから伺ったのですが――本当でしょうか?」


玩具おもちゃ?まぁ、嫌いではない。寧ろ大好きだ。特にゲームの類には目がないな)


「うむ。興味があるというよりも大好きだな」

「だ、大好きでございますか。なるほど……」


 アハトはそれから考え込み黙りこんでしまった。

 ヒュンフは、それ見たことかと笑みを浮かべている。


 レオンの影に潜んでいたヒュンフは、公爵邸で見た少女が玩具おもちゃと呼ばれていたことを知っていた。

 そして、その玩具おもちゃをレオンが物欲しそうに見ていたことも。

 ヒュンフの歪んだ認識はアハトとフィーアにも伝わり、それをレオンが大好きと答えたことで、更に勘違いは加速していた。

 レオンはそんなことになっていようとは知る由もない。

 二人の思わせ振りな仕草に頭を傾げていた。


(一体何なんだ?)


「そんなことはどうでも良い。これから街に向かう。フィーアとヒュンフも同行せよ」

「はい。お供いたします」

「畏まりました」


 二人はレオンに寄り添い、アハトの視界から三人が消える。

 そんな中でもアハトはあごに手を当て何かをずっと思案していた。


(そうか、レオン様は若い女性の玩具おもちゃが大好きなのか……)


 ボタンの掛け違いからアハトは大きな勘違いをしていた。

 そして、この情報は密かに従者たちの間に知れ渡ることになる。

 そんなことなど露知らず、レオンは冒険者ギルドへの道程を急ぐのであった。


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