書庫

 戦略室のある第六エリアの一角。

 重厚な木製の扉が其処にはあった。

 扉の表面には植物のつたが絡み合う彫刻が施され、扉の淵には植物の葉をかたどったレリーフが取り付けられている。


 レオンは扉にそっと手を触れた。

 すると、蔦の彫刻は波打つように動き出し、絡み合う蔦の隙間から神殿らしき建物が姿を現す。

 それと同時に重厚な扉はゆっくりと開いていった。


 最初に感じられたのは紙の匂い。そして冷ややかな空気が肌に触れた。

 目の前には円柱状の広い空間が現れ、それは天と地を貫くように何処までも伸びている。

 円柱の壁にはびっしりと本が並び、円を描くように通路が通されていた。同じ通路が円柱の上下に幾重にも通され、そこには各階に渡る階段も見える。


 レオンは通路の端から上を見上げた。

 ドーナツ状の通路が何処までも続き天井を視認することはできない。同じように下を見下ろすも、やはり同じ通路が何処までも続き底を確認することはできなかった。


(相変わらず阿呆あほみたいに広いな。この書庫はどうなってんだ?)


 レオンは奥に見えるカウンターに歩み寄る。

 カウンターの上には本が山積みにされ、そこでは青い髪をした碧眼の少女が一心不乱に手を動かしていた。

 メイド服を身に纏ってはいるが、彼女いわく、これは司書の正装なのだとか。


「久し振りだなクレア」


 クレアと呼ばれた少女もレオンに視線を向ける。それでも手だけはせわしなく動かし常に何かを書いていた。


「お久し振りです。レオン様」


 クレアは抑揚のない声でそう告げる。

 その感情の欠片もない声に、レオンは「相変わらずか」と、苦笑いを浮かべた。


「書籍の復元は何処まで進んでいる?」

「2万冊程度です」

「もうそんなに復元したのか?凄いではないか」

「私の書籍データは数千万冊に及びます。全て本に起こすには、優に100年以上の歳月を要します」

「全て読むわけではない。時間が掛かっても気にするな。それに、自動人形オートマターのお前といえども、ずっと働き詰めでは疲れるだろう。たまには休んだらどうだ?」

「心配無用です」

「そうか?まぁ、お前が良いのであれば、それでいいのだが……」


 話している間もクレアの手は止まることがない。

 自動筆記により常に何かを書いていた。使用している羽ペンはインクの切れることのない魔道具マジックアイテムのため、作業効率は良さそうに見える。

 左側には真っ新な本が置かれ、それには付箋ふせんでページ数だけが書かれていた。

 そのページ数に見合った書籍を書いているのだろう。書き上がった書籍は右側に高々と積み上げられている。

 クレアが新たに真っ新な本を手に取ったが、今回はそのページ数が極端に少ないように見えた。


 レオンは何を書いているのか興味を引かれ、クレアの手元を覗き込む。

 すると、そこには裸で抱き合う男性の姿が次々と描かれていった。


(まさかのBL本だと!?いや、まぁ、確かに漫画を優先的に書くように言ったけどさ……)


 レオンが覗き込んでいるのが気になったのか、クレアが突拍子もないことを言い始めた。


「レオン様はBLに興味はございますか?」

「……いや、全くないな」

「それは残念です」


 抑揚のない声のため、残念そうに聞こえないのが救いである。

 それでもレオンへの精神的ダメージは大きい。


(BLが好きだと思われたのかな……)


 クレアは更に突拍子もないことを言い出す。


「私は個人的に、レオン様とドライ様とゼクス様が絡み合っている本を見たいのですが――書いてもよろしいですか?」


(よろしくねぇええええええ!!何だそれは?BLが好きでもいいから俺をネタにするな!ネタにするなら、俺の知らないところでやれよ!)


「私はお前の趣味を邪魔するつもりはない。だが、そういう事は私の知らないところでこっそりとやれ。よいな?」

「畏まりました。こっそりと行います」


 精神をえぐられたレオンはこの場に留まるのは危険と判断する。

 漫画を置いてある階に行こうとするも、それをクレアに呼び止められた。


「レオン様、お待ちください」

「どうした?」

「長期間返却されていない漫画本が多数ございます。タイトルは、“お姉ちゃんと危ない情事”“僕の同級生は性奴隷”“秘密の蜜壷”――」

「それ以上言うなぁああ!!元の場所に戻しておくから!タイトルは言わないでくれ……」

「それともう一つ。それらの借りた本の代わりに、違う本を入れるのはおやめください」

「わ、分かった……」


(気付かれていたのか……。本棚に空きがあると目立つから、バレないように違う本を入れていたのに……。まさか全部見透かされているだと?くそっ!何て無駄にハイスペックなんだ!)


 レオンは渋々本を返すと、恥ずかしさをこらえきれず逃げるように書庫から出て行った。

 その様子にクレアは不思議そうに首を傾げるも、直ぐに手元に視線を向ける。

 一冊書き上げると、真っ新な本を手に取り羽ペンを走らせた。

 そこに描かれていくのは、レオン、ドライ、ゼクスのあられもない姿。本人が見たら悶絶しそうな描写が真っ白なページを埋めていった。


 それは後に“性書”と呼ばれ、一部の女性従者の間で法外な値段で取引されることになる。

 レオンがそのことを知り後悔するのは、今よりもずっと先、まだ見ぬ遠い未来のことであった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


粗茶は中高生のころ、エロ本を買うときに普通の雑誌の間に挟んでごまかしていました

でも今考えると意味ないですよね、レジで丸分かりになるんですから、

時には購入できなかったりもするし……

特に女性店員にお断りされ時の、あの居た堪れなさと言ったらもう、

今思い出しても悶絶しそうになります

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