帰宅

「レオン様、お帰りなさいませ」


 転移の魔法で自室に戻ると、最初に聞こえてきたのはアハトの声。

 執事服の彼女は洗練された動きで恭しく頭を下げる。何故いるんだとレオンは僅かに首を傾げるも、取り敢えず労いの言葉をかけた。


「出迎えご苦労。まさか、私が戻るまでずっとここで待っていたのか?」

「当然でございます。それが家令スチュワードたる私の仕事でもありますから」

「そ、そうか……、他の者はどうしている?」

「アインスは牢獄エリアに行っております。ツヴァイは恐らく自室かと。ドライとゼクスは闘技場で待機しております。ズィーベンは拠点の補強作業、ツェーンは武器の試作を、ノインはレオン様の寝具を製作中でございます」


 レオンは思わず「はぁ?」と、声に出していた。


(俺の寝具を製作中だと?)


 ベッドに視線を移すと、本来あるべきはずの布団や枕が見当たらない。それどころか、ベッドに敷いていたマットすらなくなっていた。

 目の前にあるのは木の枠組みだけ、とても横になれる状態ではなかった。


「私の寝具はどうした?何か問題でもあったのか?」

「少し汚れていましたので、全て処分いたしました」

「汚れていた?毎日魔法で綺麗にしていたはずだが……」

「それでは、魔法で綺麗にした後に汚れたのでしょう」

「そうかもしれないが、態々わざわざ新たに作らなくとも、魔法で綺麗にするだけでよいのではないか?」

「レオン様、毎日使う寝具は直ぐに汚れます。定期的に交換すべきです。魔法で落ちない汚れもあるやもしれません」

「そ、そうだな……」


(魔法でも落ちない汚れってなんだよ!そんなのあるのか?なんか俺が汚いみたいに言われてる気がする。ちょっとショックだ……。昼まではベッドの上でゴロゴロしながら過ごそうと思っていたのに――)


 レオンは骨組みだけのベッドを見て顔を顰めた。

 もし、あのベッドに横になろうものなら、数本の木枠で体を支えることになる。

 痛覚無効があるため痛くはないが、とてもくつろげたものではない。


(仕方ない。寝具がないならゴロゴロは諦めるか……)


「私は書庫でやることがある。フィーア、街に行くときにはまた声をかける。それまで自由にして構わんからな」

「畏まりました。では私も書庫にまいります」


(えっ?いや、俺は書庫で漫画を読みたいんだが……。流石についてこられるのは不味いな。組織のトップが漫画を読んでるところなんて見せられない)


「私は極秘でやることがある。誰も付いてくることは許さん」

「……畏まりました」


 フィーアは見るからに肩を落とす。

 あるじの傍に居られないと知り、アハトも残念そうに表情を曇らせていた。

 レオンはそんな二人の想いなど知る由もない。書庫で何を読もうか思いを巡らせていると、不意に背後から声をかけられた。


「それでは私も一旦レオン様のお傍を離れます。街に行かれる際にはお声をかけてください」


 レオンは「えっ?」と、驚き振り返ると、背後にヒュンフが佇みレオンの様子を覗っていた。


(そう言えばヒュンフもいたんだった。……ってことは、俺が少女の裸をずっと見ていたのも知っているのか。どうしよう……)


 ヒュンフに視線を向けるも特に変わった様子はない。にこやかに笑みを返し、レオンをさげすんでいるようには見えなかった。

 その様子にレオンは胸を撫で下ろす。


(あの様子だと大丈夫かな?何にしても嫌われなくて良かった)


「うむ。街に行くときにはヒュンフにも声をかける。それまで待機せよ」

「はっ!」


 ヒュンフは恭しく頭を下げる。その敬意ある仕草には、レオンへの忠誠心の高さが感じられた。

 レオンはそれを見て満足すると、書庫へと足を向けるのだった。


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