街⑱

「レオン様、アンナを連れてまいりました」


 背後から不意に声を掛けられ、レオンは体をビクンと震わせた。

 女性の裸を見ていた後ろめたさもあり、レオンは動揺を悟られないよう、努めて平静を取り繕う。

 振り返ると、そこにはフィーアが佇み、人形使いドールマスターのアンナが跪いていた。


「もう連れてきたのか、フィーアは相変わらず仕事が早いな」

「そんなことはございません。レオン様の従者であれば当然のことでございます」


(なるほど。つまり、俺以外はみんな優秀ってことか……)


 レオンはサラリーマン時代に、会社のお荷物とまで言われていた。そんなボンクラが今では優秀な人材を動かしているのだから、世の中どうなるか分からないものである。

 尤も、異世界に来ている時点で既におかしいのだが……


 レオンは跪くアンナに視線を移す。


(随分と幼いな。確かアンナの設定年齢は10歳じゃなかったか?同じ年齢のツヴァイよりも幼く見えるな)


 アンナは碧眼を輝かせながらレオンを見つめ返していた。

 その純真無垢な笑顔は、少女の魅力をより一層引き立て眩しく見える。

 緑色の長い髪はサラサラで、フリル付きの可愛らしい衣装が、幼い体に良く似合っていた。


「アンナ、そこにいる男を操って欲しい。この国の公爵らしいが、操ることは出来るか?」


 アンナはレオンの背後に視線を動かし、対象の人物を確認する。

 人形使いドールマスターと呼ばれるアンナでも、全ての生物を操れるわけではない。

 操れるのは遥か各下の相手のみ、それ以外の生物を操ろうとするなら、常に意識がない状態にしなくてはならない。

 アンナは対象が操作可能と知るや、二つ返事で「はい」と、答えた。

 それを聞いてレオンも安心する。


「では、試しに公爵を操ってくれ」


 アンナは頷き返すと静かに立ち、シリウス公爵に視線を向けた。

 すると、シリウスは瞳を見開きベッドから起き上がり、そのまま床に跪いてレオンに頭を下げた。

 全裸のため全てが丸見えだが、アンナは気にする様子もない。

 レオンも敢えてそこには触れない。これからずっと操る相手、裸を見る機会は嫌でも出てくる。

 その度に目を背けるようでは、公爵を操るレオンの案は失敗と言わざるを得ない。何故なら、術者は操る対象の直ぐ傍にいなければならないのだから。


「問題ないな。確か至近距離でなければ操れないと思ったが――アンナは姿を隠すすべを持っているのか?」

「はい。影移動シャドウームーブが使えますので問題ございません」

「そうか、ではお前に回復薬ヒーリングポーションを渡しておこう。もし、そこで寝ている女に傷のことを尋ねられたら、この回復薬ヒーリングポーションで直したと説明をしろ」

「畏まりました」


 レオンは手に出した小瓶を2つ差し出すと、アンナはそれを恭しく受け取った。


「当面は普段通り過ごしていればよいだろう。分からないことは公爵自身から聞き出すといい。話を上手く合わせて、気付かれないよう注意を怠るな」

「はい」

「最後になるが、他者に対して絶対に酷いことはするな。私の役に立つためにも、少しでも多くの人望を集めておけ」

「お任せ下さい」

「うむ。では頼むぞ」


 レオンは鷹揚に頷き、窓の外に視線を向ける。

 暗闇に閉ざされた世界は薄らと色を帯び、空は白んで陽が昇ろうとしていた。

 レオンは懐中時計を取り出し視線を落とす。時計の針は拠点を出た時間を指し、外に出てから24時間経つことを示している。

 色々なことがあったが、思い返せば悪いことばかりではない。外では雄大な景色を楽しみ、冒険者ギルドではニナとも知り合い、情報も購入できた。

 レオンは拠点を出てからの出来事を振り返る。そして、長い一日は、ここで幕を閉じようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る