街⑫

 レオンの言葉に、男の一人がナイフを放った。

 それは闇夜に溶け込む漆黒で、光を反射しないように艶消しが施されていた。

 本来であれば暗闇での視認は不可能であるが、今のレオンにはその全てが鮮明に見えている。

 迫り来るナイフを、親指と人差し指で優しく摘むと、そのまま手に持って眼前まで持ってきた。

 よく見れば、ナイフにはドロっとした液体が掛けられており、指先からは微かに滑りが伝わってくる。

 レオンの瞳には、それが何であるかも映し出されていた。


「致死性の毒か、随分と手の込んだ真似をする。余程私を殺したいらしいな。フィーアは少し離れていろ」

「はっ!お気をつけください」

「あぁ、気をつけるとも。うっかり殺さないようにな」


 余裕の言葉を聞いて安心したのか、フィーアの姿はそこから消えていた。

 捕獲対象の女が消えたことにより、目に見えて男たちに動揺が走る。

 周囲を大きく見渡し、明らかにフィーアの姿を追っていた。

 その様子にレオンが首を傾げる。


(ん?狙いは俺じゃないのか?まぁ、いいや。捕まえて話を聞けば分かるだろうしな)


「お前たち、どうでもいいが余所見よそみをする余裕があるのか?」


 ナイフを摘むなどおよそ人間業ではないが、それでも男たちはレオンを一瞥するだけで、フィーアの姿を探していた。

 その疑問に答えるように、数人の男が種明かしをする。


「ナイフを掴んだのは間違いだったな」

「あれには触れるだけでも人間を殺せる猛毒が塗ってある」

「お前は放っておいても勝手に死ぬ」


(なるほどな。それで俺は眼中にないというわけか。だが……)


「無視されるのは少し悲しいな。私ともっと遊ぼうじゃないか!〈影移動シャドームーブ〉」


 レオンは手に持っていたナイフを捨て去り、スキルを発動させて正面の男の背後に回り込む。

 男の影から這い出ると、そのまま男の首元を捕まえて持ち上げた。

 有り得ない力で締め付けられ、男はくぐもった声を上げる。

 

「ぎゃあ、ぐぁあぁあああ」

「ぎゃあぎゃあ煩い!大人しくしていろ![感電スタン]」


 レオンの手から電流が走る。

 男の体が一瞬光ると、男は体を痙攣させ、そのまま意識を失い地面に倒れ伏した。

 仲間が倒れたことに他の男たちは瞠目する。


「魔法だと?」

「こいつ魔術師か」

「魔法に気をつけろ!」


 今度は三本のナイフが同時にレオンに襲いかかる。

 しかし、レオンは流れるような動きでナイフを指の間に挟み、全てのナイフを片手で軽々と受け止めて見せた。


「全て受け止めただと?しかも毒が効いていない。どうなっている?」

「毒に対する耐性か……、厄介な」

「仕方ない。暗闇では少々目立つが魔法で仕留めるぞ!」


(魔法も使えるのか?この世界の人間が魔法を使うのは初めて見るな)


 魔法という言葉を聞いて、レオンは興味津々である。見たこともない魔法が見られるのではと、好奇心を踊らせていた。

 そんなレオンの思いも知らず、男たちは両手を突き出し、レオンに狙いを定めて一斉に魔法を放った。


「くたばれ![魔法の矢マジックアロー]」

「[魔法の矢マジックアロー]」

「[魔法の矢マジックアロー]」


 男たちから放たれたのは初歩的な攻撃魔法。

 この場面で最下級の魔法を唱えるとは予想すらしておらず、レオンの口からは思わず言葉が漏れていた。


「まさか魔法の矢マジックアローとは……」


 レオンが肩を落とす中、男たちは勝利を確信していた。

 しかし、次の瞬間目を疑う。

 魔法の矢マジックアローを全身で受けたレオンは平然とし、「それだけなのか?」と、男たちを見渡していたからだ。


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