街⑥

「無理を言ったな。忘れてくれ」

「はい。また依頼がありましたら私までお願いします」

「うむ。その時はまた頼む」


 レオンは鷹揚に頷くと椅子から立ち上がり、それにならうようにフィーアも部屋を後にした。

 ニナは冒険者ギルドから立ち去る二人を見送ると、所定の場所に腰を落とす。

 その様子を同僚のエミーが恨めしそうに見つめていた。

 無言の圧に耐えかねたニナが肩をすくめる。


「なに?言いたいことがあるなら言いなさいよ?」

「いいわね。金貨2枚」


 ジト目でそう告げるエミーに、ニナは「ふふん」と、得意げに金貨を2枚取り出した。


「さっき手伝っていれば、美味しい食事でもおごってあげたんだけどなぁ~」

「ぐっ!悔しい。あの客が私の前に来ていれば……」

「そう落ち込まない。あの客また来るかもしれないじゃない」

「そ、そうよね」


 エミーの声が高くなる。今度来た時は自分が美味しい思いをしようと妄想を膨らませた。

 しかし、ニナに抜かりはない。依頼は自分のところへと声はかけている。次もあるなら間違いなくニナが担当になるだろう。


「ねぇニナ、あの羽振りの良かった人って独身?」

「エミーあの人のこと狙ってるの?残念だけど既婚者よ。一緒にいた人が奥さんみたい」

「結婚してるのか……。金持ちは女作るの早いわねぇ」

「でも、夫婦って感じがしないのよね。自分の夫のことをレオン様って呼んでたし」

「なにそれ?夫に敬称を付けて呼んでるの?」

「何でも屋敷に仕えていた使用人で、その時の癖で今でもレオン様って呼んでるみたい」

「屋敷に仕えていた使用人?やっぱり何処かの豪商かしら?金持ちの旦那を捕まえるなんて羨ましい」

「う~ん。それにしては話し方が一々偉そうなのよね。商人と言うよりは貴族って感じかしら」

「金持ちの貴族か――この国の貴族はろくなのがいないからな……」

「でも、あの人は遠い異国の人だし、どうなんだろ?話してる分にはまともそうに思えたけど」

「どこの国の人?」

「教えてくれなかったわ。内密な旅だからって」

「ふ~ん……」


 エミーはやる事もなく、だらんと体をカウンターに預ける。

 部屋には受付嬢以外誰もいない。先程までいた冒険者も、既に依頼を受けて冒険者ギルドを後にしていた。

 冒険者がいなくなり人目がなくなると、他の受付嬢も読書をしたり、裁縫をしたりと、思い思いに過ごしていた。

 静まり返った部屋には、いつしか寝息が聞こえてくる。

 エミーが隣に視線を移すと、ニナはカウンターに突っ伏し、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 ニナの頬を指先でつつくが起きる気配がまるでない。


(これだけ神経が図太ければ、将来大物になるわね……)


 すやすやと寝息を立てる同僚を、エミーはいつまでも微笑ましく眺めていた。

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