街②

「なぜ旦那様なんだ?普通にレオンと呼んだ方がよいのではないか?」

「呼び捨てなどとんでもございません。良き妻は夫のことを旦那様と呼ぶと聞き及んでおります。そして、見送りや出迎えは三つ指をついて行うのだと」


(えぇ……。それ、いつの時代の人?そもそも、誰から聞いたんだ?)


「それは誰かに教わったのか?」

「教わったと言うわけではございませんが、この世界に来る前、天空城で獅子王様が仰っているのを聞いたことがございます」


(獅子王さん!あんたそんなこと言ってるから、天照あまてらすさんに愛想つかされるんだよ!二人が離婚した原因がなんとなく分かった気がする。天照さんも苦労したんだな。……はぁ、二人は今頃どうしているんだろ?他のみんなも無事だといいけど……)


 レオンの記憶に嘗ての仲間たちが蘇る。

 戦いの庭園バトルガーデンのメンバーであり、実際の夫婦でもあった獅子王と天照が離婚した記憶はまだ新しい。あの時はギルド中で大騒ぎをしたな。と、嘗ての光景を懐かしむ。

 しかし、それもほんの束の間。じっと見つめるフィーアの視線を受けて現実に立ち返った。


「うむ。やはり旦那様はないな。私の呼び方は今までと同じで構わない。無理強いしても良くないだろうからな」


(お芝居とは言え、獅子王さんの二の舞にならないとも限らない。フィーアには嫌われないようにしないとな)


「……畏まりました」


 フィーアにとって、愛する主を旦那様と呼ぶのは一つの夢であった。

 またとない機会を失い、フィーアは表情に影を落とす。

 それでも、お芝居とは言え夫婦という関係は他の従者を一歩抜きん出ている。

 常に一緒に行動できることから、これ以上ない滑り出しとも言えた。レオンの姿を見ているだけで自然と頬が綻んでくる。


 レオンはそんなフィーアを横目で見ながら、(表情がころころ変わるなぁ)と、関心を寄せていた。

 正直に言えば可愛いのである。

 それもそのはず、ナンバーズの女性は元々自分の好みに合わせて創った従者。可愛いに決まっている。

 レオンはそんなフィーアを気遣うように、人混みを避けながら、門番に聞いた場所を目指していた。


「大分歩きましたが、まだ着かないのでしょうか?」

「街全体が大きいからな。距離があるのは仕方ない」

「冒険者ギルドですか――この世界にもあるのですね」

「手っ取り早く情報を集めるなら、冒険者ギルドほど便利なものはない。尤も、私の知る冒険者ギルドと同じであればの話だがな」


 教えられた方向にひたすら歩いていると、聞いていた建物が視界に飛び込んでくる。

 頭ひとつ抜きん出たそれは決して新しいとは言えない。年季の入った木の柱は幾つもの傷を刻み長い年月を感じさせる。

 それでも手入れが行き届いているのか、それとも部分的に立て直したのか、外観は全体的に見ると綺麗であった。

 木の木目を生かした外壁が特徴的で、どこか暖かさを感じさせる造りになっている。

 レオンは迷うことなく、その建物――冒険者ギルド――の扉を叩いた。

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