旅立ち③

 返事がないことにレオンが後ろを振り返ると、フィーアは足を止め瞳を大きく見開いていた。体を小刻みに震わせ何かを言おうと口を開くが、肝心の言葉は聞こえてこない。

 フィーアの尋常ならざる様子にレオンも焦る。


(もしかして嫌だったのか?よく考えたらそうだよな。芝居とは言え、いきなり夫婦なんて言われたら誰だって嫌に決まっている)


「あぁ、すまない。今のは忘れてくれ。夫婦はちょっと不味かったな」


 止まった時が動いたかのように、途端にフィーアが詰め寄った。


「不味くありません!ふ、ふふ、夫婦でいいではありませんか!」

「えっ?だって嫌だろう?」

「い、嫌ではございません!」


どもってるし、嫌そうにしか聞こえないぞ……)


「お前がよいのであればそうしよう。では、私たちは夫婦という設定にする」

「はい。とても素晴らしい設定でございます」

「後は家族構成やどんなところに住んでいたかなど、細かなことを決めなくてはならないが……。まぁ、それは歩きながらゆっくり考えるか」


 そう言って歩き出すレオンの横にフィーアが並ぶ。

 横目でチラリと様子を窺えば、それに応えるようにフィーアは微笑み返してきた。


(夫婦か、芝居だと分かっていてもなんか照れくさいな。これは手くらい握ってもいいのだろうか……)


 緊張しながらフィーアの手を軽く握ると、フィーアもまた同じ力で握り返してくる。その柔らかな手の感触にレオンは有頂天になる。

 いつしか互いの腕が密着し、吐息が聞こえるほどすぐ真横にフィーアの顔が近づいていた。

 肩を寄せ合い歩いていると、二人の間を突如、漆黒の矢が通り過ぎていく。

 恐らく何らかのスキルであろうが、それはまるで嫉妬や絶望、有りと有らゆる負の感情を纏った禍々しい増悪の塊に見えた。それが遥か彼方に消えるのを見て二人は呆然となる。

 矢の飛んできた後方を振り返ると、そこには街道の真ん中で弓を握り締め、ギリギリと歯ぎしりをするヒュンフの姿があった。

 目は血走り明らかに殺意や敵意が向けられている。

 数秒後、矢の飛び去った遠くから爆音が響いてくる中、ヒュンフは親の敵でも見るようにレオン――フィーア――を睨んでいた。


(やっべぇよ!そりゃ怒るよな!俺のやってることは傍から見たらセクハラだもの!部下にセクハラするセクハラ上司と変わらないもの!)


 ヒュンフはレオン――フィーア――を睨んで怒声を張り上げた。


「どういうつもりだぁああああ!!貴様の行動は殺されても文句は言えないぞ!分かっているのかぁああああ!!」


(いや、全くごもっとも。ほんとに申し訳ない。セクハラ上司で申し訳ない……)


 だが激怒しているのはヒュンフだけではない。レオンとの一時を邪魔をされたフィーアもまた、怒りの形相で負けじと睨み返していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る